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高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。


 


さて母の話も終わりました
今日の話はなんにしましょうか。
あっ前回、『大阪城物語』
のエピソードを次は書くと言ったんですね。
そうだ、そうだ、ですから今回はそこら辺中心にお届けしましょう。
『大空の野郎ども』の撮影が終わったあと私は、谷口千吉監督、三船敏郎主演の
『大阪城物語』に出演しました。
あとから話しますが、この『大阪城物語』はとんでもないオチがあります。
撮影は何日か続きましたがある日、オープンセットの一角にパラソルを立てて鬘も衣装もそのままで三船敏郎さんがいました。
やっぱりオーラはハンパなかったです。
今でもはっきりと憶えています。
そして三船敏郎さんは椿三十郎のあの声で私に言ったのです。
『坊主!お茶飲むか』
そのひと声が私の身体を縛り、別に叱られた訳でもないのに身体が動かなくなってしまいました。
社交辞令がわかる歳でもなかった私は、世界の三船の有難いお誘いを勿体なくも断ってしまったのです。
あ〜もったいない!
『いりません』という私の応答に、世界の三船は一言
『そうか』
口許に少し笑みを浮かべて
そのあとです、三船さんの背中側はずっとセットの川が設えられていました。
撮影用に作られた川ですから深さは大したことは無いのですが、なんで知っているのかと言うと三船敏郎のオーラに晒された私は夢現となってしまい、スタッフの通行のために渡された板から川の中に落ちてしまったのですしかも二度。
当然のことですがスタッフからは大目玉でした。

その日撮影が終わると東宝には父親が迎えに来てくれました。
そこで私は、またびっくりすることなります。

夕方、少し早めに私のことを迎えに来てくれた父親は
撮影所の片隅で私を待っていました。
そこで私の父を見つけた人がいます。
なんとそれは、世界の三船でした。
父の待つ駐車場に私が行くと、そこには私の父と三船さんが並んで立っていたのです。
二人はただ黙って沈んで行く夕日を眺めていました。

三船敏郎さんはサッポロビールのCMをやっていました。
《男は黙ってサッポロビール》有名な名文句ですね。
そのコマーシャルのシーンのように二人は並んで立っていたのです。
夕陽に照らされた二人の男はカッコよかった。
まるで《二人は黙ってサッポロビール》みたいな感じで。
帰りのクルマの中で、私は父に尋ねました。
なんで三船敏郎を知ってるのかを。
多分父ははっきりしたことは言わなかったと思います
それが証拠に、今も父親と
世界の三船敏郎の関係を私は知らないのですから。

いよいよ今回のオチです。

つい最近のことです。
私は自分が出演した《大阪城物語》のDVDを購入しました。
通販で頼んで、それが来るのを楽しみにしていました。

ついにそれが来だのです。

早速、DVDプレイヤーに挿れ鑑賞しました。
私が参加したオープンセットが映りました記憶に有ります憶えています。
落ちた川も出て来ます。
三船敏郎さんのパラソルが立っていた辺りも出て来ます。
米屋のセットが映ります。
ここで演技をした記憶があります。
私は眼を凝らして慎重に見ます。
全編が終了しました。
もう一度見ましたが、私の出演場面は有りませんでした何ということでしょう。
私は谷口千吉監督が嫌いでした。
その理由は大好きな女優の八千草薫さんの旦那だからです。
そして今回《大阪城物語》を見て大嫌いになりました
だって映画のシーンをカットするのは監督の権限の筈ですから。
私の《大阪城物語》は、こうして幻に終わりました。

谷口千吉監督を私が大嫌いという話はジョークなので悪しからず。