社会人プロレス連盟〜惜別 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。



 私が、SPWFを去るに至った理由は、いろいろとあったのですが、前回も申し上げた通り、相手の居る事でもあるので詳しくは控えますと言いました。


ただ、谷津嘉章というプロレスラーと付き合うという事は、回りくどい話しになりますが、自分が生まれてからずっと大切にして来た

例えば、親にこういう事はしてはいけないとか、人としてこういう事はしてはいけない。

皆さんにも、血の中に染み込んでいる、上手く言えないですが、そういうものがあると思います。


そういうものを捨てなくてはいけない。

私は、それが出来なかったし、したくなかったということです。


夏が始まろうとしていた頃だったと思いますが、私はSPWFを辞めました。


群馬県の館林という町のファミレスのようなところで谷津代表と二人で会いました。

彼に辞意を伝えましたが、谷津代表はあまり真剣には捉えていなかったようです

その場を離れた時、虚しさだけが残りました。

これで、終わったと思いましたが、そうはならなかったのです。


この先は、また次回に話します。