私の秘密其の参 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

なな前回の続きを始めます。

この前は赤木圭一郎さんの話とジェリー藤尾さんの話をしました。

今日はその先を話します。

東宝でジェリー藤尾さんの姿を見た日だと思いますが食堂の近くだったと思います、壁にたくさんの写真が貼られていたのを見た記憶があります。

その写真は少し変わった写真でした。

誰かが描いた絵コンテを写真に撮ったものでした。


その写真の中の絵は、ビルの建ち並ぶ隙間に《団子》みたいなヤツが挟まっていたり、東京タワーが曲がってしまっているところにやっぱり《団子》が迫っているような写真です。

子供だった私には理解出来ないような落書きみたいな写真が何枚も目立つ場所に

貼ってありました。


それから一年くらいが過ぎた頃になって、あの写真

の落書き写真の意味が解りました。

当時、子供向けの雑誌は数多く有ったのですが皆、月刊誌でした。『少クラブ』に『少年』などが有りました。

そこに子供向けの週刊誌が登場したのです。

『少年マガジン』『少年サンデー』『少年キング』がそれです。

子供向けの雑誌が月刊ではなく週刊に、これは革命的な事でした。

そして月刊誌も含めて東宝が次に世に出そうとしている怪獣映画が特集されたのです。

それが『モスラ』でした。


あの《お団子》は大きな蛾の幼虫だったのです。

私は子役をやっていたお陰で世の中では話題にもなっていなかった『モスラ』の事をいち早く知ることが出来たのです。


エキストラをたくさんやっているウチに、台詞のある仕事をやれる様になりました。

何本かの映画に少し台詞が有る役をこなしている頃に『大空の野郎ども』という

映画の話が来ました。

1960年8月公開の作品でした。

監督は古澤憲吾氏、出演は

佐藤允、夏木陽介、田崎潤

白川由美という配役陣でした。

特に憶えているのは、俳優の皆さんがとても優しく接してくれたことです。

佐藤允さんはいつも冗談を言って笑わしてくれました

白川由美さんは、本読みの時から膝の上に座らせてくれて、子供ながらにこんな綺麗な人の膝の上なんてと

ときめきいた事、今でも憶えています。

私の父役の田崎潤さんも何かにつけて気に掛けてくれました。

主人公のひとりの夏木陽介さんはあんまり子供好きでは無かった感じがしました

とは言え私のことを気に掛けてくれた事は確かです。

そしてこの夏木陽介さんとはその後もちょっとした関わりが有ったのです。


その理由は私の住んでいる所にあります。

その頃は芝白金から神楽坂に移っていました。

その神楽坂の私の住まいのすぐ側に歯医者さんが有りました。

その歯医者さんに息子さんがいました、二十代のその息子さんは俳優さんでした

そして夏木陽介さんの友達だったのです。

息子さんはいろいろな映画に出演していましたがテレビでも活躍されていました

誰もが知っている《ウルトラマン》永い年月いろいろなシリーズが放映されて来ました。

そこから沢山のスターも誕生しました。

で、《ウルトラマン》の始まる以前に《ウルトラQ》という連ドラが有りました

古い話ですから若い人は知らないと思いますが日本初のSFドラマです。

放映していたのはTBSでした。

その息子さんはその番組の

重要登場人物です。

《ウルトラQ》は1966年の1月〜7月迄、全27話が放送されました。

テレビで特撮ドラマが放映された最初です。

これは放映したTBSだけでなくテレビ界全体に大きな影響を与えました。

フジテレビの《マグマ大使》を始め民法各社から次々と特撮ものが放映されていきました。

TBSは《ウルトラマン》へと続き今では各局で特撮番組が放映されています。


またまた脱線していますが今日も長くなりましたのでこの辺で終了します。

次回を楽しみにして下さい。