男達は暗闇に散って行った。
彼等は襲撃の決行日も決めている。
次に集まる日が決行の日だ。
千夏の家での二人の語らいはまだ続いていた。
久しぶりの酒の力だろうか、
千夏は多弁で饒舌だった。
尊は、自分の前に座りあきらかに酔っている千夏の姿を見ながら、半世紀を遥かに超えてる二人の時間を考えていた。
「もうそんなに時間が経ったんだなぁ、初めて君を見た中学生の時からもう半世紀以上かぁ」
尊は、あの日を思い出していた。
昨日のことのように、彼の脳裏に、それは蘇って来る。
在籍していた市ヶ谷三中は、
区立の中学校ではあったが、
同じ区内の中学校と比べて
スポーツに対しての意識が数段高い学校だった。
そのせいなのか、新学期の始まる四月には必ず二日間を掛け、体力測定を全校で行っていた。
一日目は身長、体重、握力、
等の基礎体力。
二日目は走り高跳び、走り幅跳び、五十米走、千五百米走、砲丸投げ等が行われこの二日間で在校生のその年の運動能力と基礎体力が掌握される。
この学校あげての二日間は、
かなり盛り上がる。
その為に、特に走ったり跳んだりに関して一般生徒達は陸上部に所属する生徒に
指導を受けることが習慣になっていた。
気休めにもならないのだが生徒達は真剣だった。
千夏は仲の良い同級生達と当時、陸上部だった尊に走り方の指導を受けることになった。
今思えば教える方も習う方も、笑ってしまう話だが、彼等は真剣だった。
そして尊は、初めて千夏を知った。
スタートダッシュの練習をしている時だった。
千夏のスニーカーの先端が少し尖っていることに気づいた尊が、短距離走に不向きだと伝え、彼女はそれに従い翌日から別の靴を履くようになった。
尊は、自分の意見を聞いてくれた千夏の存在が、強く印象に残った。
この春の学校あげての行事が、二人を急速に近づけた。
一学期が終わると生徒達が待ちに待っていた夏休みだ。
三中は、二年生を臨海学校に連れて行くのが慣例だった。
尊も千夏も、その年は臨海学校へ行った。
新しい施設が生徒達を迎え、
思い出を創る二泊三日の始まりだった。
この臨海学校で二人の交際は完全に生徒達の知ることになった。
二階建ての施設の一階、角の部屋に教員達の待機する部屋があり、開け放たれた掃き出し窓から庭を見渡す事が出来た。
尊と千夏はその教員の部屋の掃き出し窓の前に腰を降ろし、楽しそうに話し出した。
施設の庭に集まる生徒達も教員達も二人の動向は手に取るように判った。
そして、二人の夏は秋へと向かって行った。
尊は、記憶の欠片を繋ぎ合わせるようにして遠い過去を振り返っていた。
「楽しかったよね、あの頃
私の人生で一番輝いていた時間だった」
どうやら千夏も尊と同じ頃を思い出していたらしい。
千夏はぽつりと呟いた。
「もっと若い頃にあなたと再会したかった、そうすれば、きっと」
「きっとなに」
「きっとあなたと大人の恋愛が出来たかなって」
「大人の恋愛か」
「そう、大人の、もしそれが出来てたら、もっと綺麗だった私を見せられたし、
でもこの歳じゃあ裸も見せられない」
「そうだね、俺も皺だらけの彫物なんて見せられないよ、でもちーちゃんは今もとても綺麗だよ」
「言わないで、恥ずかしいから、でも嬉しいな」
「来週、佳作座はもう失くなったけど、どっかで映画観よう」
尊は、真剣な面持ちで言葉を続けた。
「もし、ちーちゃんが嫌じゃなかったら、結婚してくれないか、人生の最終版を二人で生きて行きたいんだ
だめだろうか」
千夏に異存がある筈もなかった。
むしろ尊の、その言葉を待っていたのだ。
千夏は尊の手をとって少し微笑んでから「その皺くちゃの彫物見せてくれる」
尊は誘われる侭に寝室に向かった。
二人の出逢いから半世紀を跨いだ恋の終着点が始まった。