長い尊の話だった。
その話を千夏は全身を耳にする思いで聴いた。
最後に尊が言った言葉が耳に残った。
「君のことが好きだったあの頃ではなくて、刑務所から戻って来て何十年かぶりに逢った君を、俺は改めて想うようになっていた。
その感情は次第に大きく強いものになって行ったんだよ」
尊は言葉を続けた。
すべてが、高齢者となった小田尊という男の心の底にある現在の思いだった。
その思いに千夏は反応して
尊に対する自分の思いを赤裸々に話す。
今にしてみると当時は千夏の方が大人びていたのかも知れない。
大人の女として尊のことを見ていたのかもしれない。
当時の二人の関係を見ると学校内で人気の尊が、持前の明るさと行動力で、二人の関係を牽引していたと思われたが、実際はそうでは無かったのだろう。
あの頃、尊はまだ一四歳の
少年だった。
しかし、千夏は同じ歳であったとしても内面的には尊と違っていた。
彼女は、数段大人だったのだ。
中学時代の微笑ましい思い出のひとつに石灰に塗れた体育準備室でのつかの間のデートがある。
朝礼の始まる前のわずかな時間、他の生徒達の眼を盗んで狭い部屋に二人で入り
こんだ。
思い切った行動をとる尊と
美しく物静かな佇まいの千夏、活動的な尊の後をついていく千夏を想像しがちだが実際には二人の力関係は違っていたのだ。
例えば、体育準備室の中へ千夏を連れ込んだ尊は、先ず謝罪をしている。
多勢の生徒達が校舎へ登校して来る時間帯に体育準備室へ男女が入るのは人目につくこと夥しいのだ。
勢いこんで千夏を連れ込んでは見たものの、後で千夏が級友に尋ねられて困るようなことは無いだろうかと尊が思い、そのことを謝罪したのだ。
尊はその時に話している。
「こんな場所に君を連れて来たこと、悪かった。君のことが好き過ぎてしまいどうしても、君と話したかったんだ」
この言葉に千夏が応えている。
「私だって、尊君のことが好きじゃなかったら、ついてなんか来ない」
千夏は自分がなんらかのリスクを学校の中で被ることを解っていたにも関わらず体育準備室へ着いて行ったのである。
彼女は単なるお淑やかな娘では無かった。
彼女の母親の影響か、千夏はしっかりと自己主張する
女性だった。
「もっと早く、会えていたら私は尊君に綺麗な私を見せることが出来たのに」
尊は千夏のこの言葉にたじろぎ、彼女の心の中を見た気がした。
「君の前で裸になれる身体じゃ無いしなぁ」
千夏は笑わなかった。
心はあの頃と同じでも肉体の衰えという変化はどうしようも無いことだった。
若ければ、身体を寄せ合い
唇を重ねその先はお互いの情熱を重ね合う。
今は違う、どんなに気持ちが昂ぶろうが、静かに時間をかけて心の中の昂まりの鎮まるのを待つ。
いつの日も同じように。
そしてその間隔は日増しに長くなっていく。
人はそれを老化という。