忘れて来た約束を探して 遠い過去 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

一週間ほどの入院のあとで、

小田尊は退院した。

仁和会の工藤は桑嶋に仕掛けた詐欺事件が立件されて関係者達も芋蔓式に捕まった。

結局、仁和会の頂点に立つことは出来なくなってしまった。

それどころか、別件の幾つかの余罪も有って、かなりの期間を刑務所に入ることになった。

別荘で倒れた会長の佐々木はその後、回復することなく、療養生活を送っている。

仁和会の跡目はそのままである。

坂井千夏は自分の家に戻り、

元の生活を始めた。

小田尊は堅気に成ったこと

や、工藤達に被害を受けて

重症を負っていることや、実際に工藤の企みを未然に防いだ事が評価され幾許かの罰金刑と執行猶予の付いた判決が言い渡された。

千夏は、この数ヶ月間の出来事を振り返り、もし尊がいなかったら自分の周囲に起きた事は未だに解決出来なかったのかも知れないと思った。

小田尊の存在が、どれほど 

大きなものだったかを改めて感じていた。


三ヶ月後。

夏は、終わっていた。

神楽坂は秋色に染まっている。

尊も毎日の散歩を再開した。

靖国神社の周辺の並木道には、秋が訪れている。

退院して、リハビリを続けるように成った尊は、三日と空けずに千夏と逢っていた。

ほとんどが徳田の店だった。

そして、偶に千夏に誘われる侭に外食をしたり、服などの買物に出かけたりしていた。

十五歳で止まってしまった

時間を取り戻すように二人は語り合った。

このまま、この時間が続いてくれればいいと、尊は思っていた。

おそらく、千夏も同じことを考えていただろう。

懐かしい街の中に千夏と過ごす時間は心地よく、何時迄も続いてほしかった。

終わりなど来なければいい、

尊はそう思っていた。

深まっていく秋の中で二人は、単純に幸せだった。

千夏に誘われて、最近開店

したという喫茶店に出かけたある日。

坂の中ほどを右に折れると、

直ぐにその店はあった。

新しい店というだけでなく、

経営者の心配りの為なのか清潔感の漂う居心地の良い店だった。

「どんな店かと思ったけど

感じのいい店ね」

店員に案内された窓際の席に座るなり千夏はそう言った。

尊は相槌をいれて、それに応えた。

この店は、いわゆる喫茶店だ。

手作りケーキ以外にはパスタや数種類の軽食は有るが、ここの名物はこれだと言う物は無い。

ケーキもそうだったがこの店の食べ物は全部が美味かった。

白色の色調の店内で二人は、

穏やかな思いのまま、軽めの食事とお茶を楽しんでいた。

窓の外を行き来している人の流れを眺めながら、千夏は呟いた。

「長い間、別々の世界を生きて来て、二度と逢う事は無いだろうと思っていたけど、今頃になって出逢えた。

それは嬉しいことだったし、

今は毎日がとても幸せだと思うけど、私達のこれからって、どうなっていくのかなぁって思うの私は、貴方は」

尊はそれに応えなかったが自分の想いを問わず語りに

話し始めた。

「人生って不思議だ。少なくとも俺は予測も出来なかった人生だった。自分の前に出て来るものを、掴んで

歩いて来ただけだった。俺にはそれしか出来なかった。

君のことも大好きだったけど、自信が無かったというか、余計なことを考えてばかりいたんだよ。それって今だから言えるんだけどね。

まさか自分が、ヤクザの道に入るなんて思いもしなかったよ」

「私も貴方がその世界に居るって知った時は驚いたは、

と言うより、実感が湧かなかった」

「そうだろうな、自分が信じられないくらいだから」

尊は話を続けた。

そもそもの切っ掛けになった仁和会々長襲撃事件ついても千夏に判るように話した。

友人との待合せの約束に友人が現れなかったため、彼の家を訪ねようとしていた時だった。狭い路を大型の外車が何台も通り過ぎ、危ないと思っているうちに銃声が前方から聞こえ、近づいてみると、一台の外車を数人の男達が取り囲み発砲していた。

千夏は身じろぎもせずに聴いている。

彼女の知らない尊の遠い過去が明らかになろうとしている。