徳田は尊に言った通り、尊が仲良くしていた旧友達に連絡を取っていた。
そしてこの日、神野 英一、畑野 浩二、松森 正義と彼の従兄弟の宏が徳田の呼びかけに応えて《SAKA》に集った。
カウンターを挟んで徳田と向き合う四人は、名乗らなければ判らないほど外見が変化している。
彼等の中にこの街に暮らしている者はいない。
親の転勤が理由で高校生の頃に街を離れた神野。
大学を卒業した後は、大手ゼネコンに就職、役員まで上り詰め、今も現役で活躍している。
彼は俊足の持ち主で、端整な顔立ちと物静かな性格から、当時女生徒達からかなり人気があった。
畑野は、親の期待を一身に受けて育ち、素直に成長していったが十七歳になった頃、若者に流行していたシンナーに取り憑かれた。
順調なはずの彼の進路は狂い始める。
紆余曲折あった彼の人生も三十代になったあたりに落ち着き、結婚して子供も三人、その子供達も成人して今は五歳下の妻と二人、悠々自適な生活を静かに送っている。
中学時代は、神野や尊と同じリレーチームのメンバーだった。
松森正義は工務店の息子、宏は左官業の息子で、隣り同士だった。
正義は小学校では、自他共に認める一番の俊足、誰もが中学での活躍を期待していた。
もちろん彼もリレーメンバーだった。
宏は野球部だった。
従兄弟同士、高校を卒業すると家業を継ぐ為に親の元で技術を磨いた。
その二人も今は引退して、彼等と同じ様に息子達に跡を継がせている。
そんな彼等が孫の自慢話に花を咲かせているすがたを徳田は微笑ましく眺めていた。
彼等はオイルショックもバブルも乗り越え、いくつもの辛酸を味わいここに居る。
彼等は勝利者なんだと徳田は思った。
小田尊は、彼等の何倍も劇的な人生を駆け抜けて来だと言える。
しかし、彼は勝利者ではない。
尊が、人生の勝利者に成るのは、これから先の人生を彼がどう生きていくのかで決まる。
「徳田、今日は尊は来ないのか」
ひと息ついたところで神野が徳田に尋ねた。
「そうなんだよ、尊はどうしても断れない用事が出来たとかで昨日から横浜に行ってるんだ。皆んなに宜しくと言付かってる」
徳田は尊の言葉を伝え、来月中に場所を決めて尊の出所を祝おうと四人に協力を促した。
そして神野が話し始めた。
「徳田、俺達と尊は本当に仲が良かった。
思い出してみると尊を中心にいつも笑っていたな、特に尊と組んでいたリレーチームは、俺達にとってはその後の人生の中でも掛け替えの無い貴重な青春の思い出だと思ってる。
尊に励まされたり背中を押されたり助けられたり、尊は間違いなく俺達のヒーローだよ」
神野の両脇で三人が頷く。
「やっかみは有っても、異論のある奴は居ないと思うなぁ」
松森 は感慨深げに言った。
「だから、徳田の提案に反対する人間は居ないんじゃないかなあ」
徳田は、尊の杞憂が無駄だったことに、ほっとした。数日前、仲間達で尊の出所祝いを計画した徳田が尊と最も深い繋がりがあった四人に先ず声をかける事にした。
それを尊に伝えた時、彼は複雑な思いを徳田に語っている。
罪を犯し刑務所に入り、それを何度も繰り返した自分がいくら務め上げて社会に戻れたとしても法の裁きが終わったからと言って自分に殺されたり傷つけられた人間やその家族の心は自分を許すことは無い。
黙っているのは許している事ではない。
黙っているという、それだけの事だ。
自分が親友だと思っている連中もあの頃とは違う。
立派に人生を生き抜いて、社会的な立場のある人もいるだろう。
そうではないにしても皆んな立派にそれぞれの人生を歩んで来た。
自分の様な落伍者とは違うんだよ。
自分は、そういう人達に祝って貰える様な人間ではない。
自分と関わりを持ちたくないと思う人は多いと思う。
堅気になって、娑婆の隅っこに居られるだけで充分だから気持ちだけ貰っておくよ。
徳田は、この尊の話しを聞いても計画を止めようとはしなかった。
尊は徳田の真心を断り切れずに、皆の意見を自分の居ないところで確認してくれとだけ告げた。
そして今日、尊の親友達は徳田の提案に賛成してくれている。
彼は、それが嬉しかった。
「徳田、お前の考えは良いことだよ。でも尊は本当に喜ぶだろうか」
松森正義の以外な言葉だった。
「俺が思うには、尊は俺達と会いたいとは思っていない様な気がするんだよ」
「まーちゃん、なんでそう思うんだよ」
徳田の質問に、松森正義が答えた。
「徳田だって判ってるだろう、あいつはガキの時から周りへの気遣いの出来る人間だった。
自分が関わりを持つ事が迷惑になるんじゃないかとか、嫌がってる奴がいるんじゃないかとか」
一線をとうに離れたとはいえ、永く建築業界に身を置いて来たためか、色浅黒く筋肉質の精悍な風貌の松森正義は、短く刈り込んだ白髪頭に時折手をやりながら話し、四人は松森の話を合図にでもした様に次々に思いを語った。
そのどれもが、懐かしい思い出の中の小田 尊は認めても暴力団幹部で殺人の前科者の小田 尊の事は認められないという内容だった。
徳田は驚きよりも、これが真っ当な人生を歩む人間の普通の考え方なんだということを改めて確認した思いだった。
神野の言葉がこの日の最後を締め括った。
「尊は、俺達の若い頃に大きな影響を与えてくれた、皆んな尊に憧れて奴の事が好きだった。
あの頃、尊のいない自分達は考えられなかった。
その俺達は尊のいない人生をずっと歩いて来ている、一緒にいた時間の何十倍の時間を俺達は生きて来たんだよ。
昔、《佳作座》がこの街には有った。大人も子供も《佳作座》が好きだった。あそこで映画を観ることは俺達の大切な習慣だったよ。
もう随分前に《佳作座》は失くなった、寂しかったし残念だったし懐かしいよ、でも《佳作座》が失くなっても俺達の人生には物理的な影響はないんだよ。
それでも尊が普通の人間なら、俺達は喜んで彼と会ったろう。
映画館と尊とは比べる事なんか出来ないよ。
会いたいし、でも尊はヤクザなんだよ。近づきたくないと思う方が普通じゃないだろうか」
そこに居た全員が、言葉を忘れた。
賑やかに集まった四人は、静かに帰って行った。
夕闇が迫っている店の中で、徳田は独りになった。
若さと勢いで生きていけた時代は、とっくに過ぎてしまったのだという事が徳田にも理解は出来たが、寂しさが一段と重く胸に溜まっていた。