質問に答えて | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

いよいよ、五輪開催が近づいて来た。

今回は、いただいたコメントにお答えしようと思います。

わたし宛のコメントでの質問

その内容は

私がパラリンピックを含めた五輪についてどう考えているのか

という内容だった。

いつものように、長くなると思うがお答えします。


1964年〜10月

私は12歳

記憶では小学校の五年生だったと思う。

12歳だから六年かとも思ったが、オリンピックの翌年の小学生としての記憶があるので、五年生の10月だったのだと思う

当時、私は神楽坂に住んでいた

最近になって知った事だが

神楽坂という町名が増えている

全国的にもそういう事は多い

そんな感じがする

私が住んでいたところは

新宿区若宮町だったが

今は何というのだろうか?

オリンピックから話がどんどん

遠ざかって来た

私は、その若宮町の屋上から

日本晴れの空いっぱいに

自衛隊の《ブルーインパルス》

が描いた『五輪』を見た

その時の言い表わせない感動を

忘れない。

テレビ画面に映し出された

国立競技場の真上の『五輪』が

見えるかと思い小学生の私は

階段を駆け上がり屋上へ

若宮町は国立競技場まで

自動車なら30分とかからない

私の頭の上いっぱいに『五輪』

は拡がっていた。

わが家のテレビから

あのファンファーレが鳴り響き

東京オリンピックがはじまった


         【続く】