昨日の続きは今日はお休み。 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

前回投稿した内容の続きは、今回はお休みさせて戴きます。


書きたくなったことがあります。


お付き合い下さい。

連載になるかもしれません。


《レッスル夢ファクトリー》が


まだ存在していた頃。



ある時期から、

試合風景をビデオ撮影したいという申し出を受けた。

それから私の団体の会場に彼らがビデオ撮影をする姿が、普通のことになった。


新日本プロレスでそんなことしたらつまみ出されるだろう。


まぁ、そこは『夢ファク』


私は深い考えもないまま



許可を出した。



彼等は、どの会場にもやって来た。



『夢ファク』のことを広めることに役立つかどうかなど




考えもしなかった。




彼等も、淡々と撮影をこなしていた。



のんびりした風景。



ある頃から、彼等は物販のブースで



彼等が撮った『夢ファク』の過去の映像を売るようになった。




たぶん私がやればいいと、言ったのかも知れない。



交通費をかけて各会場までやって来る彼等に対してせめてもの
ことだと思ったからだった。


時は流れに流れた。


ビデオ撮影の青年は五〇の坂

を越えたという。


ピンと来ないが、私の年齢を考えれば、そういうことだ。




時は




流れたのだ。




その彼等とは、不思議に


『夢ファク』が消滅してからも




連絡は途絶えていなかった。


昨年の暑いある日。




私は、



団体を



というか
 

プロレス界を去って初めて



プロレスに関するイベントに



参加した。




《プロレス検証会》



あの


ヤスカクこと



安田格了氏が主宰する



会だった。



そこに彼等は来ていた。



会が終わり



私は彼等と話しをした。



その中で



昔のビデオ収録したものを



DVDにしている




出来上がっら『代表』にさしあげます。




そのDVDが




数日前に



私の処へ届いた。



15枚。



早速、観た。




小さな体育館の試合がある。



後楽園ホールがある。



『夢ファク』の歴史に残る。


群馬・東村社会体育館



『群馬の山の中に天龍源一郎を引っ張り出してやる!』


当時



仲野信市が叫んだ



名セリフだ。




そして



天龍源一郎は来た。




太田市と


八王子には



あの《獣神サンダーライガー》も参戦。




太田市では茂木正淑が、



八王子では福田雅一が、



ライガーに挑んだ。



藤原組長VS『怨霊』


そんな試合もあった。



懐かしい



そんな一言で



表せない



感情に包まれた。




まだ二十世紀だった。



ほんの数年だった。



弱小中の弱小と揶揄された。



《レッスル夢ファクトリー》



我が家のテレビ画面に



あの頃の



仲野がいる



茂木がいる

『神風』が

三浦が 


『死神』が


『怨霊』が



『婆娑羅』が


今は亡き



篠眞一が



そして





二七歳で


逝ってしまった



福田雅一が



忘れてはいけない




『ザ・ウルフ』も



みんな


輝いている。



ずっと不思議だった




こんな小さな団体の



何が良くて



四半世紀を超えて



語り継ぐ人がいることを。



その答えを




私は



見つけたような



気がした。





【続きを書くので、楽しみに待ってて下さい】