WJ誇りと奢り ❶ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。




ここから先は、今私が記憶している出来事の中で、これは言っておきたいと思う事を、思いつくままに、書いて行こう。

あくまでも、書きたいことを書くので、読まれる方からすれば、物足りなさを感じたり、不快な気分になるかたもいるのだろう。

その辺は私的なblogだと云うことでお許し頂こう。 

とにかく、戦犯は誰?的な物は書くつもりが無い。


それでは何故、内容の大半をあたかも永島勝司氏がWJ崩壊の一番の戦犯だとでも言うかのような書き方をしているのかと思う方も居ると思い、改めて事情を説明しようと思う。


彼はプロレスマスコミを使い、自分の主張を展開してきた。

福田社長との裁判沙汰が一段落したせいもあってのこととは思うが。

マスコミもそれを面白がって取り上げている。

福田社長は、反論する場を持たない。

2007〜8年頃だと思うが、品川で福田社長とWJ崩壊後初めて会ったことがある。

『本当にふざけたオヤジだよなぁ。』と一言言っただけだった。


長州力も、黙して語らない。

しかし、彼は裁判所の決めた自分の支払義務、一億は収めている。

もう何年もる前のことだ。

永島氏も長州力と等分の一億が、裁判所から通告されていたはずだが、福田社長への支払がなされたという話を今日まで、私は聞いていない。

『本当にふざけたオヤジだよなぁ。』

この福田社長の言葉が人間永島勝司を的確に表現している。


ジャーナリズムの鉄則として内容の裏は取るべきだと思う。 

一方の話しだけ聞いて不特定多数の読者の前に、総てが、真実だとでも言うかのように投げ出す。

これでは、公平を欠くのではないだろうか。



さらに、私は内田会長の持つ債権を譲り受けるかわりに、永島氏の債務を肩代わりした。


どういうことかと言えば、返済する意思があるのかないのかわらかない永島氏の借金を、私が引き受けて内田会長に返済し、内田会長は永島氏の債権を私に譲った。

私は月々、30万円返済していた。

内田会長の名誉に関わることなので、明言しておくが、この債務移動は私が申し出たものである。


内田会長は、永島氏とはなんの知己もない。

私が仲介しなければ一生涯、会長と永島氏は出会うことはなかったろう。

私は、レッスル夢ファクトリーのスポンサーでもあった内田会長に度重なって迷惑をかけた訳である。

私は私が出来る責任の取り方として当然のことと思い、私の方から申し出たはなしである。


永島氏の名誉もあるだろうから、申し上げておくが、彼からの返済も分割ではあるが、私へ来てはいる。

今日迄の18年間で、五万、一万、五万、という形で合わせて二百万円ほどは返って来た。

ただ、銀行から2000万円の融資を受けた場合、今日迄の金利は幾らになるのだろう。


永島氏に貸した二千万円は本来、旗揚げ興行終了時に大半を返済することになっていた。


本人が、協力者である内田益三会長に自ら語り、約束している。

その場所は京王プラザ。

18年が過ぎている、私の記憶もかなり不確かなものになっている。

18年。

生まれた子供が高校を卒業して大学に入るような時間だ。

そんな昔のことをいつまでもグジュグジュ言っている自分に嫌気がさしてきた。

私を信用し永島氏に無条件で大金を出してくれた内田会長に申し訳が立たない。

そう思ったから2年を過ぎた頃から、月々、30万円を永島氏に代わって返済して来たのだ。

更に、昨年の夏から、内田会長の債権を譲り受けたのだ。


この18年間の間、永島氏は、この事の釈明に内田会長のもとを訪ねたのは、一度だけである。 

この10年以上、彼からの入金は無い。


私達は、こんな人間の出まかせを信じ金を出したのである。 

それでも、その金がWJ設立の為に、またはリキナガシマ企画の運営に、純粋に使用されていれば、計画した事業が頓挫したのだから諦めもつくし、請求など、私も内田会長もしなかった。

資本金として、リキナガシマ企画の口座に入った1000万円も含めて、ほとんどが永島氏の私的な事に使われたのだ。

私達の金は、WJの為には、一円も使われなかった事が、無念なのだ。


金が振り込まれた翌日、永島氏から連絡が来た。


いやぁ、ありがとう、今ね、俺の古くからの友人のね、これが中京方面の顔役なんだけど、うんそいつを通じてね、俺直接だといろいろ上手くない事も有るしさ彼を通じてね、レスラー6人に無事振込みが終わりました。龍さん、ありがとね。』 


本当を言うと、私はこの時の話しは、この時点で嘘だと思っていた。 

その勘は、残念なことに当たった。

永島氏が私に話した6人のレスラーでWJに来た人間は最初からわかっていた越中詩郎以外にいない。

中央大学のレスリング部で活躍し、その後新日本に入った選手は来なかった。

プロレスファンでなくても名前は知っているであろう、最近引退したマスクマンも来なかった。

馬鹿馬鹿しいのでこの辺でやめよう。

後日、このことを永島氏にたずねた。

永島氏曰く、『まぁ、1人当たり100万ポッチじゃあ少な過ぎて一流の選手は押さえられねぇよ。』

私はキレた。

『そうでしょうね、永島さん。

100万ポッチじゃあね。でも来ない人達が貰いっぱなしでもいいという金額ではないですよね。』

皮肉を込めて言った私の言葉に永島氏は黙ったままだった。

私は、永島氏に代わって6人のレスラーに返済を求めると告げたのだが、永島氏は言を左右してごまかしていた。

永島氏の嘘が、私の中では既成の事実になっていたためだろうか、私は追及をやめた。


ご本人の名誉にも関わるので、これ以上は述べるつもりはない。

しかしながら、永島氏本人もしくは、永島氏サイドの誰かなりが、このblogについて事実ではない等の反論をされた場合は、しっかりと、証拠に成る資料も提示して自身の正当性を証明する為に戦う覚悟である。


永島氏は、マスコミで『俺は逃げも隠れもしねぇ、債権者の電話には全部、対応してきた』と云っているが、それは、凄いことではなく当たり前の事だと思う。

誠意と正義の永島氏は、内田会長と私の事は蚊帳の外に置いた。 何故だろう。


とにかく、私の気持ちは、リキナガシマ企画の登記が終了した時点で、永島氏に協力する思いは失せていた。 

永島氏との関係は、金銭の貸借だけに留めようと決めた。

私の、内田会長に対する責任として、全額が返済される迄は我慢して最低限の繋がりは維持しょう。 

興行が始まれば、直ぐに返済されるはず、暫くの辛抱だ。

私が、かくも短期間にこのような考えに変わってしまったのは、金銭の事が理由ではない。


返済に関するトラブルは、後の問題であり、私が嫌になったのは、氏の、人間性である。

私もけして立派なことの言える人間ではない。

迷惑をかけたままの人もいる。


私を恨んでいたり憎んでいる人もいるだろう。


人生の中で、私にも許せない人間はいる。

いちいち名前は上げないが、その中には、元夢ファクトリーのメンバーもいる。

ただ、許せないという形容詞が付く人間は少ない。

数名に過ぎない。

その筆頭に居るのは、永島勝司氏である。