昭和世代が紡いだ平成プロレス〜番外 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

   広いとは言っても、ワンフロアのこと、時間が過ぎるにつれて私はその老夫婦と挨拶を交わし、雑談をするように。

そして私は、その夫婦がマサ斎藤夫妻だと知った。

東京五輪のレスリング選手。

米マット界では、その立場を確固たるものとし、リングの内外で数々の武勇伝を創った男。

あらためて私がどうこう言う必要もないだろう。

そのマサ斎藤が私の前で、身体を小刻みに震わせ、聴き取り難い言葉で私に話しかけてくれる。


笑顔を絶やさない表情からは、往年の威圧感など、カケラもなかった。

パーキンソン病なのだということは、素人の私にも容易に理解出来た。

その後、事務所に出るたびに、斎藤さんは笑顔で迎えてくれた。

その斎藤さんの訃報を知った日。

私は、あと数日で66歳を迎えるところだった。

私とマサ斎藤さんの関係は短く浅いものだったが、マサさんは初めて会った日のパーキンソン病の姿のまま、それからの15年を戦い続けていたのだ。

リングの勇姿は影を潜めてしまっても、マサ斎藤はマサ斎藤であり続けたのだと思う。

まだ、日本人がアメリカで立場を固めるのに、今ほど楽ではなかった時代。

飄々として、アメリカ大陸を闊歩したマサ斎藤。

GO for broke‼️

お疲れ様でした。