そして私は、その夫婦がマサ斎藤夫妻だと知った。
東京五輪のレスリング選手。
米マット界では、その立場を確固たるものとし、リングの内外で数々の武勇伝を創った男。
あらためて私がどうこう言う必要もないだろう。
そのマサ斎藤が私の前で、身体を小刻みに震わせ、聴き取り難い言葉で私に話しかけてくれる。
笑顔を絶やさない表情からは、往年の威圧感など、カケラもなかった。
パーキンソン病なのだということは、素人の私にも容易に理解出来た。
その後、事務所に出るたびに、斎藤さんは笑顔で迎えてくれた。
その斎藤さんの訃報を知った日。
私は、あと数日で66歳を迎えるところだった。
私とマサ斎藤さんの関係は短く浅いものだったが、マサさんは初めて会った日のパーキンソン病の姿のまま、それからの15年を戦い続けていたのだ。
リングの勇姿は影を潜めてしまっても、マサ斎藤はマサ斎藤であり続けたのだと思う。
まだ、日本人がアメリカで立場を固めるのに、今ほど楽ではなかった時代。
飄々として、アメリカ大陸を闊歩したマサ斎藤。
GO for broke‼️
お疲れ様でした。