SPWFの支援者として頼もしい存在だったMさんだが、団体の運営には意見を述べても、興行の中味には口を出す人ではなかった。
『龍、オマエの選手を横浜に出してくれよ。』
『・・・どうしてですか、茂木達が抜けても大丈夫なんじゃないんですか?』
『そんな訳ないだろ、オマエが一番判ってるだろ。』
『私も、横浜に出てスジを通して、後腐れなく終わることの方がいいとは思ってましたよ。』
『それじゃあ、問題無いな。』
『チョット待って下さいよ社長、向こうは彼等を戦力外だとマスコミに話し、千葉の興行でも、横浜に出ないのはしょうがないと、取材に答えているんですよ。戦力外と言われて、来なくてもいいと言われてノコノコ出て行ったら、彼等がバカだと思われますよ。』
今も同じかどうかは知らないが、当時、活字プロレスなどという言葉が出来たほどプロレスマスコミが影響力を持っていた。
東京スポーツしかり、週刊プロレス、週刊ゴング、週刊ファイトしかりである。
プロレス業界のフロントは、週刊誌の〆切日を常に意識しながら、マスコミへの告知を行なっていたし、興行スケジュールやアングルにまで、〆切日は影響していた。
選手にしてみれば、そのマスコミ各誌で、『戦力外』と言われることは、聞き流すことの出来ることではない。
それに、茂木達は古参の悪役レスラーでは無いのだ。
人気を左右するような事には、神経質になるのも仕方ない。
仮に私が了承しても、彼等は拒否するだろう。
Mさんには、理解して貰えなかった。
私は、一日だけ時間が欲しいとMさんに告げ、電話を切った。
SPWFの横浜文化体育館に出場するはずだった茂木と『神風』に連絡を入れた。
道場での練習を終えた二人が、シャワーで汗を流すのを待ってから、三人だけの会議は始まった。
率直にSPWFから改めて出場の要請があった事を彼等に伝えると、予想通り二人は断固拒否の意思表示をした。
先方にダメージを与えるのも、営業戦略のひとつだという意見も出た。
一理あると私も思った。
多少、感情的になったいる事も理解できる。
二人の思いの丈を聞いた後に、私は自分の考えを伝えた。
私が団体を設立する事など、SPWF側は予想もしなかったと思う。
業界になんのパイプも持たない新参者の私が、しかも資金力もない。
これでは絵に描いた餅にもならないのだ。
その私に、彼等はそれでも絵を描いてくれと言った。
思いがけないことの積み重ねから、絵は描けた。
勝ち敗けを言うなら、すでに我々は勝利を収めた。
表には出ていないが、戦力外とまで言い放った二人に対して、出場の要請をするということは、SPWFの代表の心中も理解してあげるべきだ。
世の中は、何でもありではない。
選手という立場、そしてプロという立場を考えれば、戦力外という言葉は、許し難いかもしれないが、出場する事で二人の立場が余計に悪くなるような事にはしない。
これを、私はチャンスに変える自信も考えもある。
この様な内容の話を、私は二人に語った。
彼等は、渋々了承してくれた。
『まったく、お人好しもほどほどにして下さいよ。』
茂木には嫌味を言われたが、私はお人好しで向こうの要請を受けた訳ではなかった。
Mさんからの電話を切ったあと、私の得意なあの《瞬間的熟慮》を巡らしていたのだ。
善意などでは無く、充分にソロバンずくの考えが浮かんでいた。
夢ファクトリーが活動を開始した場合、直面する課題と言えば、話題性のある内容を連続してメディアに発信し続けていけるかどうかだ。
正直、この団体が抱えている問題は、選手のクオリティと数ではあったが、それに勝るとも劣らない問題が、営業力だった。
この時、プロレス界に団体と認められているものだけでも29団体。
レッスル夢ファクトリーは30番目の団体として誕生するのだ。
日本の何処かでプロレス興行は必ず行なわれている、そういう時代だった。
メディアの中には、第3期黄金時代と呼ぶところもあったが、それは需要と供給のバランスの中で必然的に増えたものではない。
あくまでも、こちらの都合なのだ。
永く続いた全日、新日の二団体時代が、UWFとFMWという両極の団体の誕生を合図にして、次から次へと雨後の筍のように誕生していった。
新団体旗揚げと言ったところで珍しくも何ともないのだ。
とにかく、話題を作らなくてはいけない。
旗揚げの後も大事だが、旗揚げ前にファンの意識の中に存在感をどれだけ残せるかは、重要な事だった。
そんな状況で横浜文化体育館の興行は、私達にとって必ずプラスになると考えたのだ。
戦力外と言われ団体を抜けた選手達が、出場はないと思われた興行に参戦する。
そこで、戦力外と呼ぶことが出来ないほどの活躍を見せれば、レッスル夢ファクトリーという変な団体名はファンの脳裏に刻印される。
スポーツ新聞各紙も専門誌も、他団体の興行の記事の中で私達のことを書く。
本来ならまだ動きのない私達には、ページを占有する話題は無かったのだ。
茂木・『神風』を参戦させることは、今で言う《美味しい》のだ。
風が背中を押してくれていることは、間違いない。
私は、確信した。
