謹賀新年。そしてサヨナラSMAP | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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家並の遥か向こう側が、燃えているようだった。
2016年、最後の夕陽が沈んで行った。

つぎに東から昇って来る時、世の中は2017年になっている。

そして今、正月も6日。

たくさんの出来事があった2016年。

天変地異。

事故。

凶悪な事件。

忌わしいことも多かった。


その列に並べるべき事なのかどうかは、人によって意見は異なるところだろうが、SMAPが解散した。

大きな事件であるのは確かだろう。

メディアから溢れでるように知らされる情報のどこまでが真実なのかもわからない。

メンバー同士の確執。

創業者と幹部役員との軋轢。

クーデター説。

そのどれもが、野次馬根性を刺激する内容ではあるが、言ったように真偽はさだかでない。


ただ、一連の解散に至るSMAPのメンバー言動には、?がつく。
彼らが自らの存在価値を高める為に大いに貢献し、彼等をスターダムに押し上げる力のひとつだった番組の最終回すら、ライブでの収録を断った。

多くのファン達が間違いなく望んだであろう年末の紅白歌合戦の出演も、彼等は固辞した。

そのくせ、解散を記念するCDの発売は認めた。

それこそ、下衆の極みと言われるかも知れないが、その収益は彼等の財布にも入る。

人気商売、取り分け芸能人、さらにstarという括りを目指したなら、そのスタートラインに自由や我儘を置いて行かなくてはならない。
もちろん、自論である。

それを棄てることによって、人口の何万分の一の立場をつかめるのではないのだろうか。

ファンの為に。

ファンが在ってこそ。

何処までも、ファンと供に。

言うことは易い。

そんなことは、彼等も嫌というほど知っているはず。

私達が真相を知ることが、今後有るのかはわからないが、もしもその時が来た時に、誰もが、『そう言うことなら仕方ない。』と思える理由であって欲しい。