もちろん、本人は亡くなっている。
もし生きていれば、97歳を迎えていた。
母は、96歳と10ヶ月生きた。
激動の昭和を生き抜いて平成も28年間、母は生きた。
今の時代、この年齢での死去は、長生きとは言われても、驚愕されることではない。
父の死もそうだったが、悲しみは隙間風のように胸に沁みてくる。
溢れ出るように激しくはないが、厳寒の夜に暖房の効いた部屋の中で、微かに入り込んでくる寒さと言えば解りやすいのかもしれない。
亡くなってから18年も過ぎた父のことで激しい悲しみに包まれることはない。
ただ、ふとした時に思い出が甦り、寂しさに包まれることはある。
永く生きること、それだけが重要ではない。
どう生きたかが、重要なのだと思う。
最晩年は、自力歩行もままならずに、施設の中で一日中車椅子に腰掛け、辺りをぼんやりと眺めていた母。
それ以外は、ベッドに中で天井を見ていた母。
今とは全く違ったはずの社会の中の女性の地位。
そのために出来上がっていた環境。
男社会を、戦うように生き抜いた母。
いつも、胸を張り前を向いていた母。
私は、母に優しさを感じたことは少ない。
幼い頃の私にとって、母はどこまでが恐い人だった。
もちろん、優しくされなかった訳ではない。
私の兄も、既に亡くなっている姉も、口を揃えて《おまえは、一番大切にされていた。》
その母の、私への最後の言葉は、《頑張ってるねぇ》だった。
優しい眼差しだった。