誕生日 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

今日は、母の誕生日。

もちろん、本人は亡くなっている。
もし生きていれば、97歳を迎えていた。

母は、96歳と10ヶ月生きた。

激動の昭和を生き抜いて平成も28年間、母は生きた。

今の時代、この年齢での死去は、長生きとは言われても、驚愕されることではない。

父の死もそうだったが、悲しみは隙間風のように胸に沁みてくる。


溢れ出るように激しくはないが、厳寒の夜に暖房の効いた部屋の中で、微かに入り込んでくる寒さと言えば解りやすいのかもしれない。

亡くなってから18年も過ぎた父のことで激しい悲しみに包まれることはない。

ただ、ふとした時に思い出が甦り、寂しさに包まれることはある。

永く生きること、それだけが重要ではない。

どう生きたかが、重要なのだと思う。

最晩年は、自力歩行もままならずに、施設の中で一日中車椅子に腰掛け、辺りをぼんやりと眺めていた母。

それ以外は、ベッドに中で天井を見ていた母。

今とは全く違ったはずの社会の中の女性の地位。
そのために出来上がっていた環境。


男社会を、戦うように生き抜いた母。

いつも、胸を張り前を向いていた母。

私は、母に優しさを感じたことは少ない。

幼い頃の私にとって、母はどこまでが恐い人だった。


もちろん、優しくされなかった訳ではない。

私の兄も、既に亡くなっている姉も、口を揃えて《おまえは、一番大切にされていた。》

その母の、私への最後の言葉は、《頑張ってるねぇ》だった。

優しい眼差しだった。