普通に生きる庶民の人生体験に光りをあてるページだ。
《母ありて》というページのタイトルに眼が止まったのは、先月九六歳で逝ったばかりの母のことがあったのかも知れない。
ごく普通に生きてきた庶民の人生と言っても、平々凡々なものはないはず。
記事に紹介された《母》の人生も壮絶なものだった。
〜不遇の半生と言っていい〜
これが、記事の書き出しだった。
小学五年生。
彼女の母の家出。
そこから始まる父の暴飲。
四人兄弟は一緒に暮らすことも出来なくなる。
下の二人は養護施設へ。
彼女は父親と姉と三人で廃れた工場の二階で暮らす。
そこには、電気もなかったという。
やがて父親が泥酔の挙句交通事故に遭う。
姉と共に病室に父親を見舞うまだ幼い彼女は不安や絶望感に押し潰されそうだったろう。
父親のアルコール依存症は治らず、姉妹は養護施設へ。
読んでいて息がつまる思いだった。
施設から家に戻った十八歳、そこには新しい母がいた。
新たな家族の輪が彼女には馴染めなかった。
不遇を嘆き、父親を恨んで生きていた。
その彼女が、幸不幸のすべては自分が持って生まれた宿命だという哲学に出会う。
彼女の生き方は変わる。
宿命を嘆く人生から、宿命と戦う人生へと。
明るく変わっていく娘に父親が驚く。
二十六歳で結婚。
二男二女を産む。
母親の愛情を知らずに育った自分に母親が務まるのだろうかという思いに苛まれながら、育児に体当りでぶつかったという。
義母との関係に苦しんだりも。
そのためのストレスから神経性の脱毛症ヘ。
彼女の宿命との戦いは終わらない。
長男のパニック障害。
次男の不登校。
《母》の試練は続く。
しかし、太陽の《母》は強い。
記事の最後の、彼女の言葉に私は泣いた。
〜いばらの道を歩んだおかげで日常が色鮮やかになった。
貧しさ故、子に買えなかった洋服を、買える自分になれた喜び。
十ヶ月になる孫に話し掛ける幸せ。
衣食住を見渡せば、なんの不自由も感じない。
『私って、こんなに幸せでいいのかな』
彼女は、私と二歳ちがいだ。
二歳上の私は、まだまだこんな言葉を言うことが出来ない。
必ず、こう言える自分になるぞと誓った朝、我が町の空は蒼く、何処までも蒼かった。