水泳、柔道、そして体操を中心に日本ではあまり馴染みの少ない競技含めて連日熱い戦いを繰り広げ日本選手団は好調で連日メダルラッシュの連続だった。
最終的には日本のメダル獲得数は過去最高となったようだ。
国民の半数を超える人々が開催を反対しているという噂は世界に伝わり、施設の完成が遅れていたり、開催期間中の警備の要である警察が警官の待遇改善を求めてのストライキに入るなど、不安要素に事欠かなかったリオ五輪も蓋を開けてみれば、国民性を表した素晴らしい開会式からリオ・オリンピックは始まったが、日本にとっても歴史に残る大会となったと思う。
勝者にも敗者にも、語り尽くせぬ感動のドラマがあったはずだ、がしかし、仕方のない事ではあるけれど、称賛のライトが当たるのは勝者であり、その中でも銅よりも銀、銀よりも金なのだ。
そして、銅や銀のメダルと金メダルとの差は格段の差があるようだ。
銅メダルを獲得して歓喜の涙と満面の笑みを浮かべる選手がいる。
銀メダルを獲得しても、敗者の涙を流す選手もいる。
選手それぞれにとって、メダルの価値観に違いもあるのだろう。
《霊長類最強女子》という、これ以上ない形容詞、ある意味では嫁入り前の娘さんには失礼とも言えるようなこの言葉を纏い、長い年月女子レスリング界の頂点に君臨してきた吉田沙保里。
彼女は、誰もが予想していた金メダルを逃した。
四連覇は達成しなかった。
伊調馨は、その四連覇を達成した。
ある女子レスリング選手の言葉を借りれば、階級を関係なく言えば、伊調馨が一番強いと言わしめるほど彼女は強いらしい。
四連覇したのだから、そうなのだろう。
だからと言って、吉田沙保里の輝かしい歴史が色褪せるようなことはない。
世界は、吉田沙保里の名前を忘れないだろう。
彼女は、日本のメディアの前で謝罪していた。
私達の方が、襟を正して称賛と激励をするべきことである。
ここに書くのもどうかと思うが、その涙の謝罪会見を観たタレントが揶揄するように、《泣いてはいるけど涙が流れてない》と言ったとか。
つまらぬ人間には、つまらぬ感性があるのだろうか。
過去に滂沱しながらも、声は自然に歌えていたレコード大賞受賞歌手もいた。
私は、さすがプロだと感心した事があったが、やはりあんなに涙を流しても普通に歌えるなんてことはおかしい、きっと作り涙だ。
件のタレントならそう思うのだろうか。
何れにしろ、人生を賭けた人の輝かしい足跡が微塵も色褪せることはない。
全選手、監督、コーチ、関係者、すべてのオリンピックに関わった方々に感謝し、この章を終わる。