これはもう、嘘のレベルだ〜。 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

ちょっと、これ見て下さい。

みなさん今日は、夜または深夜に見てくださる方のために~みなさん今晩は。

もう少しで10年を迎える私のBlog、『高田龍の夢か現か』のタイトルを『ごまめの歯軋り』変更しましたが、それを機に『夢か現か』のタイトルのBlogを小説・ノンフィクション専門にして、新しく出発することにしました。

第一弾は、『銭湯』というタイトルの短編です。

かなり以前に『路地裏の親子』というタイトルで書き上げたものを加筆訂正して載せてみますので、読んで下さい。

宜しくお願い致します。

それでは、更新を楽しみにお待ち下さい。

これは、10月の23日に私が小説用のBlogを始めますと伝えるために書いたものですが、
この『銭湯』と云う小説は、今や連載(不定期更新ですが)も昨夜で9回、もう短編の域を超えてます。

さらに『路地裏の親子』というタイトルで、携帯小説サイトに載せた短編を加筆訂正して、とも書いています。

9回目の更新でも物語は完結してません。

内容と云えば、主人公の夢の中のに少しだけ『路地裏・・・』のシーンが出て来ますが、大事な物語の骨子になっている訳ではありません。

『路地裏の親子』はどんな物語かと云いますと、仕事先の用事が長引き、真冬の夜道、帰路を急ぐ主人公が
終電に間に合うかどうか、と云う時間帯に駅へ続くアーケードに差し掛かる。
歩いているうちに、ポッカリと口を開けたような路地に出会す。
吸い込まれるように主人公は路地へ入って行く。
真っ暗な路地裏で銭湯帰りの親子に出会う。
父親に手を引かれ嬉しそうに歩く男の子、優しく声をかけている父親。
その父親と視線が合った時、主人公は懐かしさと愛惜の思いが込み上げて泪が溢れる。

数日後、部屋を片付けている主人公は古い写真を見つける。
その写真には、あの路地裏の親子が写っている。
それは、主人公が幼い日に父親と撮ったものだった。

そんな短い物語でした。

それを加筆訂正して出来上がるはずの『銭湯』は、主人公が出版社勤務の還暦を迎えた男で、部下の女性社員の自殺騒動起きるところから物語が始まる。

かと言って、それが物語の主な内容と云う訳ではなかったのだが、何故社員は自殺したのかを、止せばいいのに掘り下げてしまった為に、最初は思っても居なかった登場人物や、女性社員の両親も登場し、私の指先は勝手に文字を打つようになってしまいました。

無責任な話だが、最後はどうなるんだろう。

これを書いている今でさえ、私の頭の中にこの物語の結末は無い。

お笑いコンビ《ハライチ》のネタのオチが聴こえてくる。

『いや~関係なくなっちゃったョ~』




これです。(大汗)