また、いつもの癖が・・・ | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

寒い朝が始まりました。
季節は確実に冬に向かっています。
 
わざわざ、別に小説用のブログを開設したのですが、私の悪い癖が早速出て来てしまいました。

『銭湯』と云うタイトルの小説です。
十年くらい前に、超短編の『路地裏の親子』という小説を書いたんです。
内容はと云うと、サラリーマンの男が外出先で思いの外、時間がかってしまい、帰路についたのは深夜近く。
駅に向かう商店街も、殆どの店がシャッターを降ろしていて、行き交う人もいない。

ふと見ると、並ぶ店と店の間に隙間のような狭い路地があり、男はその路地ヘ入って行く。

暫く歩くとボンヤリと灯りが見える。
幼い子供の笑い声が闇の向こうから聴こえてくる。

やがて父親が男の子の手をひき、こちらに向かってくる。

親子と男は、暗い路地ですれ違う。

石鹸の香りが冷え切った空気の中を流れていく。

すれ違いざまに男は、身体が震える程の懐かしさと淋しさに押し潰されそうになる。

遠ざかる親子、歩みを止めて振り返る男。

街灯の灯に照らし出された親子の姿。

男の子は父親を見上げ、父親は、男を見つめていた。

男は、訳もなく泣き続ける。

夢とも現実ともつかない夜を過ごしてから数日後の男の自宅。

書棚の整理をする男。

積み重ねた書類の束が崩れて、その間から古びた写真が一枚。

そこには、あの夜の路地裏の親子が写っている。

男が、幼い頃、父親に連れられて通っていた銭湯の向かいに小さな写真館があった。

その店主が、男とその父親を撮ってくれた写真。

な感じです。

ノスタルジックなファンタジィのつもりで書いたんですが、あまりに短かったので、今回加筆をして物語に膨らみを持たせようと思いました。

主人公の男は、出版社の編集長。

深夜までかかった仕事が片付き眠りにつくが、早朝に会社からの電話で跳び起きる。
部下の女性の突然の死。

しかも、自殺。

その原因は。まったく判らない。

そして、仕事先から帰宅して直ぐに自殺したことが判る。

仕事先とは、原稿の依頼をしている小説家の家。

新進気鋭と云えるこの小説家が胡散臭い。

なんか、全~然、ノスタルジックでもファンタジィでもない。
文章の独り歩き。

文章と私の幽体離脱。

いつものことだが、最後にどうなるのやら、お暇な方は、この物語の行き着く先まで、お付合いください。