今日は、ヒクちゃんの命日 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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早いものです。
もう二年ですか。
皆さん、ヒクソンの逝った時に書いたブログを読んで下さい。
今日が命日なので。



8月23日、この日も暑い一日でした。
体調を著しく悪化させていたヒクソンは、翌24日には掛かりつけの動物病院に入院する予定でいたのですが、22日の夜からは傍目にも痛々しいほどの状態になってしまった。
明けて23日、午前1時過ぎ頃だったかそれでも散歩に行きたがるヒクソンに付いて何時ものコースを歩いた。よたよたと歩みに力は無く、少し歩いては止まり、また歩いては座り込み、家の中に戻り、苦しそうな息づかいで伏せている。
暫らくそうしていたかと思うとまた立ち上がり家の中をあちこち歩き回り、また外へ行きたがる。
真っ暗な散歩コースをよたよたと歩いたかと思うと、いくらも行かずに家に戻る。
そんな事を二三度繰り返してからいよいよ最期が近づいたのか横になっている時間が長くなり、時折悲痛な叫び声を上げる様に成った。
明るく成ったら、9時には病院が開くから1時間前なら診てもらえるだろう

私はひとりそんな事を考えながら、『ヒクソン、もう少しだ、朝に成ったら病院に行って先生に診てもらおうな』ヒクソンが悲鳴の様な声を上げる度に必死にそんな言葉を投げかけ続けた。
その悲鳴の様な声にも次第に力がなくなって来てヒクソンはだんだん静かに成って来た。
私も睡魔に負けてうとうとしてしまい我に返った時には2時間近くが過ぎていた。
ヒクソンの悲鳴は聴こえない。
疲れて眠っているのか?
玄関に私が設えたベッドの中にヒクソンは居る。
リビングを抜け玄関へ、外はすっかり真夏の朝が始まっている。
ヒクソンは私が声をかけても動かない
。何度呼んでも顔を向けてはこない。

ヒクソンは、もう少しで十五歳と云う犬としては長命な一生を終えていた。
一週間程前は、いつもの様にいつものコースを散歩していたヒクソンは逝ってしまった。

サヨナラ、ヒクソン。

本当にありがとう。

私の処へ来てくれてありがとう。

おまえは、掛け値なしに私の無二の親友だった。

ヒクソンが逝ってから、一ケ月が過ぎた。時の流れは早いものである。

そのままにしてあるヒクソンの小屋の中に今もおまえが居る様な気がしている私は、まだまだおまえの死が受け容れられずに困っている。

ヒクソン、おまえとの十数年は私の人生の掛け替えの無い一頁だった。

もうおまえを連れて水浴びに行けなく成った用水路には暫らくは行きたくはない。



此処に書いた用水路には、今も行っていません。
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