庶民という最高の冠 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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東日本大震災から、二十日。

連日伝えられる原発の状況、一進一退、予断許さず等々。

国民の不安は、中々払拭出来ずにいる。

というよりも、放射能漏れの問題は日毎に、日本中に恐怖を募らせている。

国の政(まつり)ごとは、混乱状態。

そんな中で復興に向けて庶民は動き出している。国を頼りにせず、自分達で出来る事から動き出している。

その被災地へ向かって、日本中、世界中から、支援の温かい手が差し延べられている。

庶民は優しい。

庶民は賢い。

庶民は健気だ。

庶民は愚直だ。

そして庶民は、強い。

今、その世界中の庶民が 手をつなぎ、日本へ向かって真心の支援を差し延べている。

庶民が世界を変えるのだ。
権力者などでは、けしてない。

人間の歴史の中で、権力者が、国難を救った事など在ったのだろうか。

東日本は大津波で、すべてを失った。

そして今、世界中から真心や愛が、あの日の津波より大きなうねりと為って日本へ向かって押し寄せている。

人間って素晴らしい。

何年後になるか、今は知る術も無いが、世界中の庶民が、この日を振り返り、世界の庶民の心がひとつに成った記念日として記憶する筈である。


『大悪起これば、大善来たる』

名言である。