京都でお世話になりました 元タクシー乗務員の内緒話 -48ページ目

京都でお世話になりました 元タクシー乗務員の内緒話

京都の元タクシー乗務員が運転手時代の話から時事ネタ、プライベートな話まで好き勝手に語ります
ワガママ気まま人の意見は気にしない空気は読まない私なので何が飛び出すかはわかりませんので…

アメブロをiPhoneでやりだしましたが、アプリの使い方がわかってません  アメとも 申請や、読者登録などは意味すらわかっていないのでお許しを
 m(_ _)m

だいたいプログの題が  つぶやき  ですから  (笑)



退院してからは自宅でゆっくりとしていましたが、手術の傷がとても痛く、ほぼひと月は熱を出していました

お腹を斜めに切ると神経なども切れてしまう為、個人差はあるけど人によっては痛みが引かない事もあるそうです

私は見事にそれを引き当ててしまいました

病院に行っても先生は日にち薬と言う事で何かをしてくれる訳でもありません


痛みは日によって違いますが、辛い日は肋骨の辺りも痛く腕を上げる事もできないんです

痛み止めのロキソニンが無ければ生きていけない状態がずっと続きました


正月を過ぎた頃、やっと痛みもましになりました
もう熱も出ません
これからはどんどん元気になるぞ!と喜んでいました

会社も私の帰りを黙って待ってくれていました

しかし、うまくいかないものです

食道静脈瘤が再発し、二月半ばに入院しました

会社の就業規則の休職期間をはるかに超えて待っていてくれた会社に別れを告げました
ただ、会社はいつでも元気になったら戻ってきて欲しいとありがたい言葉をくれました
会社の友人達も今だに私が戻ってくると信じています

入院は以外にも十日程で済みました

家に帰ってからは少しでも体力をつけていこうと思っていましたが、どうも体調はイマイチでした

そして三月の初め

術後から続いていたあの肋骨やお腹の痛みが復活しました

しかも、痛さが普通じゃありません

しばらくしたらましになるだろうと思っていましたが、一週間してもましになりませんでした

寝ても痛い、座っても立っても痛いと言う感じです

実はこの間、私は寝転ぶ事ができず壁にもたれて寝ていました

今、考えるとかなりアホな事をしていました

家族にも病院行こうと言われてましたが、もうすぐ診察日だったので我慢すると言って我慢していました

三月八日の朝、凄く体が重い

自分の部屋で座っていたら息がしばらくできなくなりました

息を吸っても吸えないんです

これはあかん!と思い、救急車を呼んでもらい、いつもの病院に連れて行ってもらいました

案の定、即入院です

肺のまわりに水がたまり、呼吸が止まるニ歩手前です
しかも、原因不明(笑)
家にいる時は体温はかってなかったんですが、病院ではかると40℃手前です

その後、十日間こんな状態が続きました
肺の水は抜いたので呼吸は少しずつましになりましたが体温は下がらず腹水もいっぱい溜まりみるみる体が痩せていきました

担当医師からは、もしもの場合は生命維持のような事をするか自然死かどちらを選ぶか聞かれました

私は本当に生死をさまよっていました

正直、もうダメだと諦めてました

熱は下がらないし、原因がわからないので治療方法がわからないと言う事やったんで医師も見守るだけでした

が、もしもの場合どうするかと聞かれた時、突然自分の中でスイッチが入り、絶対に死ぬか!と気合が入りました

奇跡がおきました

私の熱がその時を境に低くなりだし、38℃代になりました

その後もどんどん良くなり、腹水も一気に減り、原因不明の病気が原因不明で改善していきました

四月五日に退院

現在も療養中です

肺に受けたダメージは大きく肝硬変とあいまって普通の体には程遠いです

ただ、悲観はしていません

時間はかなりかかるかもしれませんが、ぼちぼちと元気になっていこうと思っています


自己紹介がてらに現在無職の私のなぜ無職かを紹介させて頂きました

明日からは私のタクシー乗務員時代の話をしてみたいと思います

私は観光都市である京都で乗務員をしていました

夜勤から始め、昼勤へと変更しました

一般的なタクシー乗務員よりおそらく沢山の経験をしています

それは京都で乗務員をしたことと、入社した会社が特別な会社だった事が起因しています