比叡山 延暦寺
日本仏教の母山
現在ある奈良時代以降のほとんどの仏教宗派は比叡山出身の僧侶が開いたものです
法然、親鸞、栄西、道元、日蓮…
実は延暦寺というお寺はありません
東塔、西塔、横川の三区域の総称(詳しくは三塔十六谷二別所)として呼ばれる名前が延暦寺です
最澄は788年、現在の根本中堂のあたりに一乗止観院という草庵を建てました
没後にできた根本中堂を最澄は知らないんですよ
根本中堂を文珠楼から見下ろす
最澄は南都仏教の一つ、法華宗の僧侶でした
比叡山で一乗止観院を建てましたが寺号を頂くまでにはいたりませんでした
また、自分の弟子たちを僧侶にする為にはわざわざ奈良の東大寺にある戒壇院に受戒に行かなくてはいけません
自分の寺にこの戒壇院を建立することが最澄の夢だったようです
戒壇院があれば、自らの手でどんどん僧侶を輩出できるようになるからです
皮肉にも最澄の没落七日目にその許しが出ます
また、寺号を賜われたのは没後二年経ってから
そして、戒壇院の建立は弟子の光定らの手により、その六年後に実現します
最澄は比叡山での自分の功績を何も知る事なくこの世を去っているんですよ
私は比叡山へお客様を案内する時に絶対に最澄の夢の場所、戒壇院にお連れしました
戒壇院
西塔
昔、弁慶という僧兵が比叡山にいました
弁慶は無類の力持ちです
常行堂と法華堂を渡り廊下で結んだこのお堂はにない堂と呼ばれていますが、丁度バーベルの形に似ています
力持ちの弁慶はこの、にない堂の渡り廊下、丁度バーベルのバーの位置に潜り込み
えい! という掛け声とともにもち上げたそうです
弁慶の力持ち伝説は三井寺の弁慶が比叡山から引きずり下ろした釣鐘などもあります
昔の伝説に触れてみるのも楽しい事です
石段の上の赤い建物がにない堂の渡り廊下です
わかりにくいかな
横川
源氏物語 十帖 浮舟
登場人物の一人、横川の僧都
入水したけど死にきれなかった浮舟を助けます…
横川の僧都のモデルになったと言われる僧侶
恵心僧都 源信
1017年、阿弥陀如来像の手に結びつけた糸を手にして、合掌しながら入滅しました
その場所から見る光景がまさしくこの光景です
阿弥陀如来像は一般公開していません
ただ、私は見ることができます
恵心堂から見た景色
おまけ
比叡山とまったく関係のない
スタバの京都限定カード
このデザイン、大好きです
(笑)
いかがでしたか?
さっと作ったので我ながらイマイチなんですが、一番の原因は作り慣れていない事です
アプリやPCでの使い方がわからない
(笑)
もっと上手く作れるように努力していきたいと思っています




