そして時は流れていく、瞬く間に… -27ページ目

そして時は流れていく、瞬く間に…

寄道人生の旅の途上でふと思う、日々思う、の詩

ついに開幕!


で、


え


おーいガーン 阪神タイガース どないした!?むかっ


…って書いてる目の前で、阪神久保田が中日森野にスリーラン野球打たれてノックアウトグー おーーーっ ばか~叫び


ありえへんぎゃ~ 7対0…ショック!

しかも、健太郎が打たへんかったら、あわや川上憲伸パーフェクトゲームドクロ負けの情けなさやんかトホホ


やっぱ下柳は大舞台に弱いのー爆弾

荒木のエラー出塁時点でメンタル崩してた…


赤々とした闘志メラメラだけではここ一番を乗り切ることはでけへん…


青白く静かに燃える精神力に欠けんねんなあせる


ま、今日はええ勉強や!! かめへん、かめへん


ちょっとでもパンチ!反撃して、上り調子で明日勝ってくれ~ムキー


頼むしーT











オレは運転中よほどのことがなければクラクションを鳴らさない。

理屈抜きの自分の性分てとこかな…

よく、むりやり前を右折されたとか追い越されたなど、いわゆる「もう済んだこと」に対して狂ったようにクラクションを鳴らしまくるヤツがいるよね?。

よほど頭にきたのか何かわからないけど、そーゆう些細なことで必要以上に相手に攻撃的な態度のヤツって危険人物じゃないかと思う。


よく殺しの動機で「カッとなって」ってのを聞くけど、コレって完全にカッとなってるっしょ?

周りの人の驚きや不快感などお構いなしに、感情のコントロールを越えた行動に出る…

それは正に取るに足らないことにキレて人を殺したり、傷つける行為に等しい気がする…

道路交通法上、意味のないクラクションを鳴らすのを禁じているが、そういった近年的犯罪の予防策として、もっと厳しく改正してもいいんじゃないかと思うんだけど…

どうかな?
先日、仕事仲間の人のお宅にお邪魔して食事をご馳走になった。
そこのご夫妻は地元の2学年上の先輩にあたる人。

他にも何人かの仕事仲間が来ていたが、たまたまそこに、ご夫妻の中学校時代の同級生にあたるSさんが来ていて、奥さんの方の昔話になった。

Sさん「〇〇ちゃん昔不良だったからさぁ…」
奥さん「不良じゃねーよ!みんな誤解するじゃん(-"-;)」
一同「えーっ!!そーなんですかぁ!」
奥さん「違う、違うってー」
オレ「…(-.-;)」

基本的にご夫妻共にではあるが、特に奥さんの方は、当時中学内では誰もが一目置く、いや、目があっただけでぶっ飛ばされるんじゃねぇかという程‘オッカナーイ’存在だった。

今やご結婚されて20年以上が過ぎ、その当時チョー怖かった奥さんの焼いたチョコレートケーキを食べながら、オレは月日の流れを感じた。

その昔、ツッパリという言葉があった…
一般的には男は髪型はリーゼントかオールバックかパンチパーマで詰め襟学生服(当時ブレザーなど少なかった)は長ランか短ラン、ズボンはボンタン、バギーなど…
女はカンタンに言えばスケバン恐子みたいなカッコだった。
共に皮の鞄はペッタンコにプレスされ、中身はもちろん空で、持ち手をやや長く改造してあり、そこにビニールの絶縁テープを巻いた。
赤いテープは、わたくしがこのガッコの「番」張ってます!という目印。
何をもってツッパリと定義するかは人それぞれだろうが、まぁ喫煙や登下校中の他校との力比べ的な喧嘩、夜遊びなどはマストアイテムだったかも知れない…

ツッパリというのは姿カタチももちろんだが、やはり生き様みたいなことを指してした気がする。

大人や世間の既成概念に当てはめられ、可も不可もない人生を歩まされるのを拒み、バイオレンスに自己表現を見出すことしか術を知らない不器用さで、周りの制圧と闘いながら己をそういう立場に置き、強がって、押し潰されないように必死につっ張らかって立ってた…

そんな青春の中で、本当の自分の歩むべき道を見つけて進んでいったヤツ…
そのまま流されて単なる悪党になってしまったヤツ…
突っ張り、潰され、もっとトンガって、宛てなく突っ走って死んでしまったヤツ…
それぞれがいろんな人生の中、時を経て今にいたるまでの歴史はどんなだったんだろうと…

時が流れ、自己表現の形態も様変わった今でも、心はツッパった若い子を見ると少し嬉しくなったりする。
秋晴れ…

なにか清々しい言葉の響きだ。

天高く馬肥ゆるの候というように、夏の名残をかすかに残した秋口の晴れた空は気持ちごと吸い込まれてしまう気さえするくらい、青くて高い。

空の高さ、という感が、若い時にはわからなかった…

ユーミンの“ベルベットイースター”に『空がとってもひくい 天使が降りてきそうなほど…』という歌詞があった。

中学生くらいだった自分には、冬の小雨の朝を歌っているのだろうか程度にしか捉えられず、意味もニュアンスも理解出来なかった。

その空気感みたいなものがいつの頃からか不思議にわかるようになっていた。

秋晴れの日曜の朝、運動会か何かの決行告知だろうか…乾いた花火の音が響き、窓から見上げる空が好きだ。
ここ数日、ひたすらほかの皆さんのブログ読者と化し、全然更新をしない日々だった。

自分はここに何を書きたいのか、書くべきなのかちょっと考えていた。

日々心が動いた瞬間に、それを書き留めるようにケータイでゲリラ的にに書く…誰かが読むとか読まないとか、全く関係なく心のままに…

なかなかいい。

自分が何なのかを紐解くメモのように…

或いは、それを誰かに読んでもらい、共感し合ったり、助けや教え、意見を求めたり、のコミュニケーションツールとして見られる文章や、伝わる文章を意識して書く…

これもいいな。


前者でありたいというのは本音ではある…

自分自身がどう感じたかより、それを伝えることで自分がひとからどう思われるか、受け止められるかを意識してしまう生き方をしてきた。
悪い表現をするなら「いつもひとの顔色をうかがうガキ」で「ええカッコしぃのあんちゃん」だった…
歳を重ねるに連れ表皮も重なっていくのだ。

保護膜が厚くなり、自分で自分の心の在処すらわかりづらくなってしまう…



前者も後者も使い分けられる人もいて、少し羨ましくもある。

前者のつもりで書き始めたものが、いつの間にか書き終えると後者になっていたり(苦笑)

ある人のブログに
「読み返してみて、自分の心の移ろいや成長が確かにそこに残っていた」とあった。

自分にとってもそんな場所に、ここがなっていけばいいなと思う。

今日は空がとても眩しい…