局地的コミュ障 | ろんの大学生日記

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明大生ろんの精進日記。

はろう警報




教育ろーんです。



はい。
こんにちは。

僕の教育ローンは600万です。
フリーザさんみたい。
そう考えるとフリーザさん53万だからね、僕からしたら雑魚です。右手だけで戦ってやるとかいうまでもなく、小指だけで勝てそうです。ちなみにろんは左利きです。


はい、そんな感じで最近の話をします。


夏休みになりました!!!
いえい!!!!

ちなみに、夏休み、
半分近く終わりました!!!!
いえい!!



クソニートなう。



というわけで今年の夏は思考の夏という目標を掲げていたんですけどね。
これがまた難しいですよ。はい。


組織っていうのは非常に難しいですよ。はい。

最近人からコミュ障っていわれることがあるんですけど、こと組織においては、僕のコミュ障はかなり大きく影響してくるんですね。

ほんとコミュ研の名が廃りますよ。


コミュ力にはね、大事な要素があって

まず僕が大事にしていて、これはできているな、と思うことなんですけど、それが
聞く力 だとおもうのですね。
この点に関しては僕はもうコミュ力の神髄を垣間見ていますね。覗きです。

相手が話を気持ちよくできる、あるいは相手の本音を聞き出したりするのって、意外とテクニカルなんですよね。

これ口で説明するのも難しいんですけど、僕が持ってると思う聞き出し力は、
相手の言いたいことを理解、あるいは相手の考えていることを理解していることが相手に伝えること。
ここにあるような気がしているんですね。

だから、相手は、この人なら話してもいい、この人なら理解してくれる、と思ってくれるんじゃないかなぁーなんて漠然と考えています。


で、ここからが本題なんですけど、これが一番僕にとって難関なんですが、それが
相手に伝える力

いやぁ、難しいですね。僕はね、いつも言われますよ
なにその上から笑

いや、きっと上からなんだと思います。残念なことに、そういった承認欲求を持っていることは疑いのないことですね笑


伝える力っていうのは僕にとって難しいのは、自分の伝えたい表現で伝えることができないから。
というところにあると思うんですね。

それをどうやって変えていくか、ってところが焦点なのですが、はい。僕の出した結論ですが、その前に、

この結論を出すにあたって考えなければいけないことがありますね。
なぜ僕が自分の表現でもって他人に伝えたいと思うのか。という話です。
これは至極簡単なことなんです。単純に、相手の立場にたって伝えるという点が欠けているからです。

傲慢傲慢。しかたないとかで済ましたくないですね笑
じゃあ相手の立場に立って伝え方を考える努力をしなければならないはずですが、なぜそれが今までできなかったのかも考える必要があります。
ぼくはいつもなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
と、自分でも自問自答を繰り返すのですが、これはほかの人にやると嫌われるんですよ笑
そりゃね、嫌われますよ。追いつめられてる感じするし。
僕は追いつめたいと思っているとこあると思いますよ。でもその追いつめは自分の欲求を満たすものではないとおもっているのですがね。

話は脱線しますが、相手になんでを考えてもらうには、その必要性を問う必要がありますね。
たとえば僕がなんで今までそれができなかったのかを考える必要があるといったかといえば、
問題の根本を正しく認識できていなければ、また同じ失敗をするかもしれないからです。

それをまず相手に伝えることが必要ですね。
あるいは、なんでというのをストレートには聞かない。
とかね。コミュニケーションには様々な方法があるところが面白いところだなぁーなんて思います。

では本題に戻りますが、なんでか。
今までできなかった原因は、下らないプライドがあるからだ思います。
それはさっきもいったように、承認欲求が強いせいも相まって、自分の表現方法で伝えたいと思うんですよね。

じゃあ、このくだらないプライドをなんとかしないと、もし仮に僕がなにか別の方法で伝え力を身に付けても、ストレスがたまってしまうかもしれませんね。

じゃあそのプライドをどうやって解消するか。という、そもそもとはあまり関係ないように見える問題に行き着きます。
まぁ、遠回りしたといえばしたのですが笑


僕の場合、承認欲求が焦点になります。
この承認欲求を解消するのには、2つパターンがあるといっていいでしょう。
一つは、承認欲求が満たされていると感じること。

もう一つは、承認欲求をあきらめること。

承認欲求をあきらめるというのは、僕にとって負荷のかかることです。
だから今までできなかったのです。

では、理想としては、承認欲求を満たしていく方法を考えなければなりません。

ではこれはどのようにして満たされるのでしょうか。
組織の枠で考えて、そこで自分の能力が認められ、信頼され、より強い権限を任されること。
とします。
この状態にするにはどうしたらよいでしょうか。

それこそが、伝える力を身に付けることになるわけです笑


混乱してきてどっちがどっちだかわからなくなってきますね笑

あくまで僕の問題としているところは、組織でのコミュニケーションを円滑にするところで、伝え力はその手段ですね。その認識でお願いします。


でですですでです。
伝える力を身に付けるうえで、先に挙げた、承認欲求をあきらめなければならないという問題が生じます。

つまり、僕が人から承認欲求を満たされて解消するために、あきらめる必要があるのです。
これは非常に面白いロジックです。逆説的です。



ここまでくればもう簡単でしょう

ぼくは無意識のうちに人に認められたいとか、信頼されたいという思いが言葉にでてしまっているのですね。
でも、それは逆効果でしかなかった
いつのまにかそれがクセになり、思考も変化してしまった。

これが根本原因です。根本原因を追究すると深層心理が見えてくるように思います。

人から認めてもらうのに一番良い方法は、そうした承認欲求をあきらめることです。

僕は自分に自信がないわけではありません。ただ、僕がこうした態度をとっている以上、正当に評価されないのです。

損人です。
損人笑


こうしたところ、本当不器用だと思いますよほんと。

不器用っすから笑


この根本原因を解決させるには、ある程度の負荷がかかりますが、それは今僕に与えられた試練であり、これは僕を成長させる機会ですね。

で、承認欲求のあきらめ方として、伝え力を鍛えるということになります。

人に理解してもらうために必要なことは、受容と寛容です。

それは他者の尊重から湧き出るものですから、まずは相手の歴史を認識して、あとは表現力を身に付けます。

まぁ思考の矯正ですから、ある程度時間がかかります。

でもたぶん乗り越えられるでしょう。
それを乗り越えたとき、僕は正しく承認され、それを求めるような次元にはいないでしょう。

そんな感じで、伝え方の話はつかれたからまた次の記事で欠けるといいっすね。


あでゆおーーー