結論から※黒字部分は余所行きの一般論です。赤字の部分は私の本音。

不動産の売り出し価格は、周辺相場だけで機械的に決まるものではありません。実際には、売主の事情、住宅ローンの残債務、市場の成約事例、そして不動産会社側の事情まで、複数の要素のせめぎ合いの結果として一つの数字になります。

宅地建物取引業法は、不動産会社が価格について意見を述べるときは、その根拠を明らかにしなければならないと定めています(宅建業法34条の2第2項)。「なぜこの価格なのか」を売主に説明することは、営業トークではなく法律上の義務です。これが本来あるべきプロセスです。

一方で、この根拠の示し方や調整の仕方に、不動産会社側の事情(媒介契約を獲得したい、決算期までに成約させたい)が強く影響することがあるのも、業界の構造上避けられない現実です。違法ではないグレーゾーンから、行き過ぎれば消費者トラブルになる領域まで、幅があります。ここでは、そのメカニズムを、買主にも売主にも分かるように整理します。

1. 全体マップ ― 価格を決める4つの立場

立場

何を見ているか

価格への影響

売主

いくら手元に残したいか。住宅ローンの残債務(抵当権抹消に必要な最低額)。引っ越し・住み替えの予算。時間的余裕。

「これ以下では売れない」という下限をつくる

市場(成約事例)

近隣で、いつ、いくらで売れたか(レインズ登録データ)。

「この価格なら売れるだろう」という相場感をつくる

不動産会社

媒介契約を獲得したいか。社内の販売目標・決算期。専任媒介契約の残り期間。

提案する価格の方向性に影響する

買主

予算。住宅ローン審査。比較している他の物件。

最終的な成約価格を決める

2. 本来のプロセス ― 法律が定める「根拠開示」のルール

宅建業者は媒介契約を結ぶ際、価格について意見を述べる場合はその根拠を明らかにしなければなりません(宅建業法34条の2第2項)。根拠として認められるのは、公益財団法人不動産流通推進センターの価格査定マニュアルに基づく方法や、同種の取引事例を用いる方法などです。これは売主から請求がなくても、業者自ら示す義務がある事項です。

実際に、この根拠開示のあり方をめぐって、売主が不動産会社を訴えた裁判例もあります(東京地方裁判所 平成21年3月24日判決)。この事案では、業者がレインズの成約事例・売出中物件の情報を示した上で査定額を説明していたことが認められ、売主側の請求は退けられました。

重要:「事例に基づいて価格を説明すること」自体は、法律が求める正しいプロセスです。問題は、その事例の選び方や説明の仕方に、業者側の思惑がどれだけ混ざるか、というところにあります。

3. ケース別に見る、価格形成のリアル

3-1 通常のケース:査定根拠にもとづく調整

売主の希望価格と、業者が算出した査定価格に差がある場合、業者は成約事例や市場動向を根拠に説明し、売主と話し合いながら売り出し価格を決めていきます。これが、宅建業法が想定している本来の姿です。多少の駆け引きはあっても、双方が納得できる着地点を探るプロセスです。

3-2 事例を盾にした、価格の押し下げ

成約事例は、査定の根拠として正当なものです。しかし、その使い方によっては、売主の選択肢を狭めてしまうことがあります。「この事例より高くは売れません」という説明が、本当に妥当な比較なのか、それとも都合のよい事例だけを選んで見せているだけ(ここ重要!)なのか、売主の側からは判断がつきにくいのが実情です。特に、その地域での取引実績が豊富な業者ほど、取引事例が多く、説得力のある説明ができてしまう分、この傾向が出やすいといえます。

対策としては、複数の成約事例を見せてもらい、「なぜその事例が、自分の物件と比較対象としてふさわしいのか」(面積・築年数・駅距離・管理状態などの条件がどれだけ近いか)を確認することが有効です。※本来、購入でも売却でも全体を見せて、個々を判断するのが賢いやり方です。

3-3 業者側の事情による、早期安値誘導

専属専任媒介契約・専任媒介契約には、3か月という有効期間の上限があります(宅建業法34条の2第3項)。更新は売主からの申出によってのみ可能です。この期間内に成約させたいという業者側の事情、あるいは会社としての四半期・半期ごとの販売目標が、売り出し価格の提案に影響することは、構造上ありえます。「早く、確実に売れる価格」を優先する提案は、必ずしも売主にとって最も有利な価格ではないことがあります。

対策としては、査定額の根拠に加えて、「この価格なら、どのくらいの期間で売れる見込みか」「もう少し高い価格で売り出した場合、どう変わるか」を具体的に質問することが有効です。

3-4 媒介を得るための、高値査定(逆のパターン)

反対に、複数の不動産会社に査定を依頼する場面(一括査定サイトの利用など)では、業者側が媒介契約を獲得するために、相場よりも高い査定額を提示することがあります。これは全国の消費生活センターにも相談が寄せられている、よく知られたパターンです。(査定サイトは、有料です。売主さんが、ワンクリックするだけで、ン万円がサイトに入る構造です)高い査定額につられて契約すると、実際には売れず、時間が経ってから大幅な値下げを迫られる、(私が新人時代に超大手の所長さんにご贔屓をいただき、そっと教えてくれました。「K君、売主に逆らわず、言い値で受託しなさい。そして、定期的に菓子折りもって訪問して気に入られなさい。Kくんからにげられないようにしてから、じっくりと本音でジワジワと売れる価格まで値段を下げなさい」と教えていただきました。低固定給と歩合給の私にはムリでしたけど)という結果になりやすいことが指摘されています。

対策としては、極端に高い査定額を提示された場合ほど、その根拠(比較した成約事例の詳細)を具体的に確認することが有効です。

4. なぜこうしたことが起こるのか ― 業界の構造

不動産の仲介は、成約して初めて仲介手数料という報酬が発生する成功報酬型のビジネスです。専属専任媒介・専任媒介契約を獲得できなければ、そもそも報酬の機会自体がありません。(←これこれ)この構造そのものが、業者に「まず契約を取る」「期間内に成約させる」という強いインセンティブを生みます。これは業界の仕組みそのものであり、特定の会社だけの問題ではありません。だからこそ、宅建業法は根拠開示義務やレインズ登録義務など、業者の裁量に一定の歯止めをかける制度を用意しています。

 

5. 歯止めとなる制度

●    価格の根拠開示義務(宅建業法34条の2第2項):業者は価格について意見を述べる際、その根拠を明示しなければならない。

●    媒介契約の有効期間の上限(同条第3項):専属専任・専任媒介契約は3か月が上限。更新は売主の申出によってのみ可能で、自動更新の特約は無効。

●    レインズ登録義務(同条第5項):専任媒介は契約から7営業日以内、専属専任媒介は5営業日以内に、指定流通機構(レインズ)へ登録しなければならない。

●    業務報告義務(同条第9項):専任媒介は2週間に1回以上、専属専任媒介は1週間に1回以上、販売活動の状況を売主に報告しなければならない。

これらの制度は、業者が売主を「囲い込んだり」「放置したり」することを防ぐために存在します。これらの制度を知っておくこと自体が、業者と対等な立場で話し合うための材料になります。

6. 売主・買主が自分でできる確認方法

●    査定額を受け取ったら、根拠となった成約事例の詳細(面積・築年数・駅距離・管理状態など)を必ず確認する。

●   複数の不動産会社に査定を依頼し、金額だけでなく、査定コメントの内容を比較する。(※営業マンとの相性も大切・売主さんが興味のある、全くジャンルの違うことについて、意見を聞いてみるのも、判断の基準になるのではないでしょうか?)
(一般媒介で競争させるのが最善の策です。もし、その営業マンが心から信頼できるなら、専属でも専任でもいいでしょう!)

●    レインズへの登録証明書を受け取り、実際に登録されているか確認する(専任・専属専任媒介の場合)。

●    販売活動の報告(専任媒介は2週間に1回以上、専属専任媒介は1週間に1回以上)が、契約どおりに行われているか確認する。

7. 相談窓口

内容

窓口

価格・媒介契約に関する疑問・トラブル相談

消費者ホットライン188(最寄りの消費生活センターにつながる)/国民生活センター

宅建業者の業法違反に関する相談・監督

都道府県の宅建業指導課(免許行政庁)

8. 実例(一般化した設例)

Aさんは、住宅ローンの残債務が1,800万円ある戸建てを売却することにしました。周辺の成約事例から、業者の査定額は2,000万円台前半でしたが、ある業者からは「即決なら1,900万円で確実に売れる」という提案を受けました。抵当権抹消に必要な最低額(残債務+諸費用)を考えると、1,900万円でもぎりぎり成立はしますが、Aさんが本当に必要としていたのは、次の住まいの頭金として、もう少し余裕のある金額でした。

Aさんは、複数の会社から成約事例の詳細を取り寄せ、面積・築年数・駅距離が近い事例をもとに、無理のない範囲で高めの売り出し価格からスタートし、様子を見ながら調整する方針を選びました。結果的に、2,050万円で成約しました。

このケースが示すのは、「早く売れる価格」と「売主にとって適正な価格」は、必ずしも一致しないということです。どちらを選ぶかは、売主自身の事情(時間的余裕、資金計画)によって変わります。大切なのは、業者から提示された数字をそのまま受け入れるのではなく、根拠を確認し、選択肢を比較したうえで判断することです。

出典一覧

●    宅地建物取引業法第34条の2(媒介契約)

●    「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(国土交通省)34条の2関係

●    東京地方裁判所 平成21年3月24日判決(媒介価額の根拠開示に関する紛争事例)

●    公益財団法人不動産流通推進センター 価格査定マニュアル

●    国民生活センター 消費生活相談事例(不動産査定・媒介契約に関するもの)

●    指定流通機構(レインズ)制度

個別のご事情については、必ず宅地建物取引士・専門家にご確認ください。本記事は一般的な制度・傾向の解説であり、特定の事業者を指すものではありません。