玲奈は友梨奈を真っ直ぐに見つめ、
感情を抑えるように、言葉を紡ぎ始めた。
「あなたは、任務のためとはいえ、
和さんの心を弄んだ。純粋な気持ちを利用し、
深く傷つけた。恋人だと偽り、信頼を得て、
そして、用済みになったら、あっさりと切り捨てる。
人間として、最低の行為よ」
玲奈の言葉は、容赦なかった。
今まで抑えていた怒りと苦痛が、
言葉となって溢れ出す。
友梨奈は、一言も反論せず、
ただ、静かに玲奈の言葉を聞いていた。
「和さんは、今、深く傷つき、苦しんでいる。
あなたの裏切りは、彼女の脆弱な心に、
消えない傷跡を残した。あなたは、
それを理解しているんですか?想像できるんですか?」
玲奈の声は、少しずつ震え始めた。
怒りだけでなく、和への痛切な感情が、
玲奈の胸を締め付ける。
友梨奈が和に与えた傷は、あまりにも深い。
友梨奈は、静かに顔を上げ、玲奈の瞳を見つめた。
その瞳には、以前の冷酷さに加え、
何か重い色が宿っていた。
「…理解しています」
友梨奈の声は、かすれて、小さかった。
それは、まるで後悔の言葉のようにも聞こえた。
「私がしたことは、
決して許されることではありません。
和ちゃんを深く傷つけてしまったこと、
心から申し訳なく思っています」
友梨奈は、頭を下げ、
以前の凛とした姿からは想像できないほど、
脆弱な姿を晒した。
玲奈は、そんな友梨奈の予想外な態度に、
ますます混乱した。
これは、一体、何なのだろうか。
友梨奈は、本当に後悔しているのだろうか。
それとも、これもまた、何か巧妙な罠なのだろうか。
玲奈の心は、依然として疑念と不安に満ちていた。
しかし、友梨奈の言葉の奥に、
何か真実味のようなものを感じざるを得なかった。
それは玲奈がこれまで見てきた、
冷酷で隙のない友梨奈とは異なる、
人間的な一面だった。
しかし、それが真実だとしても、
和が受けた傷が癒えるわけではない。
玲奈の怒りと疑念は、
依然として心の中で渦巻いていた。
「…もし、本当に申し訳ないと思っているなら、
和さんの前から、完全に消えてちょうだい」
玲奈は、冷たく言い放った。
それが、今の玲奈にできる、
精一杯の罰だった。
「…玲奈さんの望みは、それだけですか?」
友梨奈は、顔を上げずに尋ねた。
その声は、少し掠れていた。
「…それだけよ。あなたが和さんのためにできることは、
もう何もない。むしろ、あなたの存在こそが、
彼女を苦しめる原因になる」
玲奈は、冷徹に言い切った。
友梨奈の存在は、和にとって、甘くも残酷な罠だ。
その罠から、和を解放してやることこそが、
玲奈の使命だと感じていた。
「…わかりました」
友梨奈は、静かに頷いた。
そして、顔を上げ、玲奈を見つめた。
その瞳は、以前の冷酷さを取り戻し、
何か決意に満ちていた。
「私は、和ちゃんの前から姿を消します。
二度と、彼女に近づくことはありません。」
友梨奈の言葉は、力強く、そして断固としていた。
それは、まるで誓いの言葉のようにも聞こえた。
「信じるわ。」
玲奈は、確信がないまま、
そう答えた。友梨奈の言葉を信じたい気持ちと、
また騙されるのではないかという不安が、
心の中でせめぎ合う。
しかし、今は、友梨奈の言葉を信じるしかない。
そして、和を守ることに、全力を尽くすだけだ。
友梨奈は、少し微笑んだようにも見えた。
しかし、それは以前の氷のような微笑ではなく、
もっと脆弱で、メランコリックな微笑だった。
「…玲奈さん、ありがとうございました」
友梨奈は、突然、感謝の言葉を口にした。
玲奈は、戸惑いで眉をひそめた。
なぜ、今、感謝の言葉を?
「何故あなたが?」
玲奈が尋ねると、友梨奈は、小さく首を横に振った。
「…いいえ、何でもありません。
ただ、玲奈さんに、出会えてよかったと、
そう思っただけです」
友梨奈は、そう言うと、再び頭を下げ、
深々と頭を下げた。
そして、以前の冷たい微笑を浮かべ、
玲奈に背を向け、
警視庁の廊下を歩き去っていった。
玲奈は、友梨奈の背中を、しばらくの間、
ただぼんやりと見つめていた。
友梨奈の最後の言葉、そして予想外な態度。
それは、玲奈の心に、
言いようのない波紋を広げていった。
友梨奈は、一体、何だったのだろうか。
冷酷な任務遂行者、それとも、
深奥に脆弱性を抱えた人間…。
玲奈には、最後まで、
友梨奈という人間を理解することができなかった。
しかし、一つだけ確かなことがある。
それは、友梨奈が和の前から姿を消すと約束したことだ。
玲奈は、その約束を信じ、そして、和を守り抜くことを、
改めて心に誓った。
廊下には、依然として冷たい風が吹き抜け、
玲奈のコートの裾を揺らしていた。
夜は、まだ終わらない。
しかし、玲奈の心には、わずかながらも、
新しい希望の光が差し込み始めていた。