夜の警視庁屋上は、ひっそりと静まり返っていた。
冷たい夜風が吹き抜け、
玲奈のコートの裾を揺らす。
眼下には、眠らない都市の灯りが
星屑のように広がっていた。
玲奈は、約束の時間よりも少し早く屋上に到着し、
手すりにもたれかかって夜景を眺めていた。
やがて、背後から足音が近づいてくる。
玲奈が振り返ると、
そこには平手友梨奈が立っていた。
いつもと変わらぬクールな表情。
しかし、その瞳の奥には、
わずかな緊張が見て取れた。
「お待たせしました玲奈さん、一体、何の用ですか?」
友梨奈は、形式的な口調で尋ねた。
「何の用か、分かっているはずでしょう?」
玲奈は振り返らず、夜景を見たまま言った。
その声は冷たく、
以前の温和さは微塵も感じられない。
「井上和さんのことよ。」
玲奈の言葉に、友梨奈の表情は変わらない。
ただ、一瞬だけ、
瞳の奥の緊張が強まったように見えた。
「和ちゃんと私が付き合っていること、
もうご存知なんですね」
友梨奈は静かに言った。
質問形だったが、
それは確認ではなく、単なる通告だった。
「ええ、聞いいたわ。和さんから」
玲奈はゆっくりと振り返り、友梨奈を見据えた。
「友梨奈、あなたに任務があることは理解している。
公安の人間として、
動かなければならない時もあるでしょう」
玲奈の言葉に、友梨奈は微動だにしない。
ただ、玲奈の次の言葉を待っているようだった。
「でも…」
玲奈は一度言葉を切り、意を決したように続けた。
「和さんを傷つけるような真似だけは、
絶対にしないでほしい」
玲奈の言葉は、懇願に近かった。
かつて後輩だった人間に、頼み事をするなど、
今まで考えられなかったことだ。
しかし、今の玲奈にとって、
和のことはそれほど心配だった。