月曜日の朝、
咲月は鏡の前で自分の頬を軽く叩き、
無理やり口角を上げた。
「大丈夫、いつも通り」。
そう自分に強く言い聞かせ、和を迎えに行く。
いつもと同じ通学路。
隣を歩く和は、
もうすっかり元気を取り戻した様子だった。
そして、咲月に心からの信頼を寄せる瞳で、
週末の出来事の全てを打ち明けてくれた。
「さくらさんね、同じゼミの人に
すごくアプローチされて、
断りきれなくて一回だけお茶しちゃったんだって。
でも、やっぱり私のことが一番好きだからって、
ちゃんと断ってくれたの。
だから、私もさくらさんのこと、
信じようって思ったんだ」
少し照れながら、
でも真っ直ぐにそう話す和。
その言葉一つ一つが、咲月の心に優しく、
そして鋭く突き刺さる。
咲月は、呼吸を整え、
練習してきた精一杯の笑顔を和に向けた。
「そっか…。よかった、
本当によかったね、和」
声が震えなかったことに、心の底から安堵する。
自分の心臓がきつく、
きつく縛られていくような痛みには、
気づかないふりをした。
そして、一日の講義が終わり、
いつもの下校時間。
駅前の、いつもの場所で、二人は向き合う。
夕焼けが、和の幸せそうな横顔を
オレンジ色に照らしていた。
「じゃあね、和」
先に切り出したのは、咲月だった。
「うん。じゃあね、さっちゃん。また明日ね」
ひらひらと手を振る和の笑顔は、
一点の曇りもなく、眩しい。
咲月も笑顔で手を振り返し、
その背中が雑踏の中へと消えていくのを見送った。
一人、その場に取り残される。
もう、涙は出なかった。
ただ、心にぽっかりと穴が空いたような、
静かな喪失感が全身を包んでいた。
私の恋は、終わったんだ。
賑やかな駅前の喧騒が、
まるで遠い世界の音のように聞こえる。
何度も繰り返した「じゃあね」という言葉。
それは、明日への約束を意味する、
希望の言葉だったはずなのに。
今、咲月が心の中で呟いた「じゃあね」は、
長くて、切なくて、
でも誰にも届くことのなかった片思いへの、
本当のさよならだった。
夕焼け空を見上げると、一番星が小さく瞬いている。
咲月はゆっくりと踵を返し、
自分の乗るべきホームへと、一歩、足を踏み出した。
この胸の痛みも、いつかはこの空に溶けて、
淡い思い出になる日が来るのだろうか。
今はまだ、わからない。
ただ、明日もきっと、
和の「おはよう」から始まる一日がやってくる。
その隣で、親友として笑うために。
咲月は、切ない思いを全て胸の奥にしまい込み、
静かに人混みの中へと消えていった
FIN