養成講座で苦労したもののひとつは、教案を書くこと。
そしてもうひとつが関西イントネーション。

実は私は育ちが福岡である。
ただ、小学校6年生くらいまで、親の方針で、方言は使わなかった。
ので、うちの過程は基本的に共通語でしゃべる。
おじーちゃんちは、どっちもばりばりの筑豊弁と鹿児島弁なんだけど(^_^;)

今思うと、その共通語も、言葉だけで、イントネーションは違ったのかもしれない。
でも、私はNHKのニュースのお姉さんとおなじ言葉をしゃべる、
ちょっとお上品な家の子という扱いだった。

関西に来て約20年になる。
最近は、エセ関西弁といわれることも少なくなった。
聞く人が聞いたら、私の関西弁は結局似非なんだけど。
だって。
京都と滋賀と京阪とよく分からん河内弁とが混ざってる(^^;
でも、塾で教えているとき。
大事な話とか説教とか、そんなときには、よく共通語を使ってた。
共通語と関西弁のコラボレーション。

なので、最初の発表のあとに、まず先生に言われた
「関西イントネーションが。。。」という指摘の意味が分からなかった。。。
それを繰り返し言われる。
多分、知らず知らずに関西弁を使ってるんだろうなと思ってた。
でも、違った。。。
言葉じゃない。
イントネーションなのだ。。。

あれ?
この話、前にも書いたかも。

で、最近、知り合いになったおばさんがばりばりの鹿児島弁。
その人のお人柄に惹かれて、いろいろお話をきいた。
そしたら、時々、でる。。。。
そのおばさん、私の祖母に似てるんだよなあ。。。
その祖母の記憶がよみがえる。
なまじっか鹿児島弁を知っているので、吸収しやすかったらしい。。。
うそんっ!!!!

なやましい。。。
この前、台湾のことランチしたときも、かなり注意してしゃべりました。
やっぱり一応日本語教えようって気があるんだしねぇ。。。

今日は、養成講座でお世話になったW先生のご自宅で、ホームパーティがありました。
来た人の数は、30名ほど。
もうホームパーティって言うか、本格的にパーティです(^_^;)
卒業したての留学生、日本語の先生、そして私たちのような日本語の先生の卵。
いろんな人といろんな話をしました。
海外の話もしたし、みんなの日本の暮らしの話もしたし。
日本語の先生のいろんな現場とか採用のお話を聞いたり。
ほんとに楽しかったし、ほんとにとてもいい機会でした。

久しぶりにおなじ養成講座だったループさんにつかまって、いろいろガッツリ聞かれたり(^^;
あとは、中国からの留学生の女の子に、日本語教師が出来るなら、ぜひ海外でその力を生かすべきだ!!!と力説され。
ぜんぜんみんな私より若いんだけど。
すごいいろんな、私の胸を打つ話をしてもらって。
今日は本当に行ってよかったなと思いました。
中国人とか、台湾人とか、韓国人とか、スウェーデン人とか、イラン人とか、日本人とか。
そういう区別なく、ちゃんと考える人は考えてるし。
日本人だけの風習って言うのもあるけど、人間って基本はおんなじなんだなあと、実感した日でした。
いつもなら、わたし何やってるんだろ。とへこむんですが、
凹むなら、気付いたことをラッキーと思って、がんばろうと思いました。

ちょっと現実逃避気味だったし。。。
今月は二回あったI先生の勉強会も、結局二回ともいけなかったし。
また出直しです。
がんばります。

履歴書にちょっと目処がついてきて、これを誰かにチェックしてもらった方がいいんだろうか。。。
と悩みながら、また放置してしまっている龍です。
子どもじゃないんだからと思いつつも、つい一人よがりになってしまうこともあるのでね(^_-)

さて。一息ついてくると、いろいろ気になる。
ということで久しぶりに教案のファイルを開いた。
もう、なんというか最悪な気分です。
自分の声をテープにとって聞いたときの気分?
はずかしくて。。。
結局、教案を書いている間に、枠の取り方も変わってきたりして。
何とかきれいに仕上げなおそう。
そしたら一からまた書こう。。。と思いつつ。

私は字を読むとその光景が浮かぶ方なので、
教案もちゃんと書いて、その光景が浮かぶようなものに仕上がるといいなあと思っています。
塾屋は教案なんて書かないので、かなりしんどい作業だったんだけど、
日本語教師としては、勉強の意味もかねて、やっぱりちゃんとした細案があったほうがいいなと思ってます。

とりあえず、低気圧のせいか、頭痛が激しくて、今日のI先生の勉強会には行けず。
ほんとうに残念でした。
そうしたら、晩にW先生からパーティーのお誘い。
こんな風に人の輪がつながっていくのがありがたいです。
ちゃんとその輪にぶら下がっていけるように、勉強と就職活動をがんばらなきゃ。