遠く浅い、翡翠色の水に湖底が透けて見える。
打ち寄せる波が穏やかな音を響かせ、木々が風に囁く。
中天を少し過ぎた太陽は、あたりを鮮やかな色合いで照らしていた。
サウザードは、湖の上に突き出した大きな倒木の上に立ち、あたりを見回した。

「ユリウス!」

声は湖に吸い込まれて消えた。
暫くして、どこからか、ユリウスの声が聞こえてきた。

「さあ、ウンデーネを呼び出して下さい。」

「呼び出すと言うが…。うまくいかないのだ。」

「そんなことを言っていては彼女たちに笑われますよ。」

突然湖面を疾風が渡ってきた。
咄嗟にサウザードが手にしていた紙片を守ると、替わりに帽子が奪われた。
ゆっくりと宙を舞う帽子を見上げ、サウザードが苦笑した。

「やれやれ。今度は呼び出してもいないシルフに帽子を持って行かれた。」

「では、予定を変更して、シルフを捕らえましょう。」

そう言うと、森の中からユリウスが姿を現し、短くルーンを呟いた。

上空を舞っていた黒い帽子は白い衣の精霊と共に落ちてきた。

精霊はサウザードの目線の高さまで来ると、淡く白い髪をなびかせながら帽子を手にして止まっている。

「名前を聞き出して下さい。」

ユリウスがそう言うと、サウザードは困惑顔でユリウスに視線を走らせた後、先ほど教えられた通りの古代語を呟いた。

「それでは、捕らえられません。」

ユリウスの鋭い指摘が飛ぶ。

サウザードがユリウスに何か言おうと口を開けたが、再び閉じた。

精霊はユリウスの呪縛に身動きできずに浮かんでいる。

「時間がありません。」

サウザードの目に真剣さが加わった。

再び精霊に視線を移す。

風は上空へ向かって緩やかに流れ、その流れの中に漂うように精霊が浮いている。
白く淡い透ける肢体で、しっかりと、その手に帽子を握っている。

ふと、サウザードの顔に笑みが浮かんだ。

 精霊とは愛嬌のある者達だな。

そんな思いがよぎる。

再び古代語で語りかけると、シルフが答えた。

空気が弾ける小さな音が響き、シルフが帽子を残して姿を消した。

「もう大丈夫です。」

サウザードが帽子を拾い上げ、目深に被り直した。

「あのシルフは貴方を主と認めました。エルフでさえ、ひと月は懸かるというのに、あっけなく捕らえておしまいですね。」

「君のあの言い方では、ひと月も猶予を与えてくれそうもなかったのでね。」

「では、この調子でウンデーネも捕らえましょう。」

「いや。今日はここまでとしよう。ひと月分やったのだからな。」

そう言ってサウザードが笑った。