自分は機会があり特攻隊の映画やドキュメントや手記などが書かれた本などを見る事が多かった。

改めて思うが、
先の大戦で特攻隊などに志願し、純粋に国や愛する者を守る為に命をかけて戦った兵士達は、今の様な表面的には平和でも、どこか歪んでいてオカシイ日本を彼等が見たらどう感じるだろうか?


特攻隊の人達は日本をこんな国にする為に死んでいったのか?

そう思うとこの国の為に戦った彼等に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

彼等が信じた愛国心とは即ち国を愛する事であり、
生まれ育った郷土やそこに生きる隣人、花鳥風月のある自然を愛する事だと思う。

自然を愛し、敬い、大切にする心があれば自然破壊などには繋がらないし、
他者を慈しみ思い遣る心があれば、隣人がいがみ合い殺し合う様な陰惨な事件は起きないはずだと思う。

しかし今の日本人の多くは日本人であると言う誇りやアイデンティティを見失っているし、現代社会において、誇りが持てない図式が出来てしまっているのだろう…

今は正しい後ろ姿を次の世代に見せてやれていない半端で精神的に未熟な大人達が多く、彼等が親になり、そんな大人達を見た若者は希望も持てず、逆に失望し、結果、日本に誇りを持てない者が多くなるのも頷ける。


そしてそんな大人達が作った金儲け優先のメディアがくだらない情報や流行を垂れ流し、バラバラな個人主義を産み同じ日本人でも団結出来ず、貧しき心で弱き者をあざ笑う…


今は混沌として出口の無い迷路の様な世の中だ、誰かが立ち挙がり戦ってくれるのを待つのではなく、己自身が立ち挙がり、戦わなくてはならない…



世界のどこかでは罪もない動物達が密漁の対象にされたり、森林などを破壊されて住む場所を奪われたりしている。

人間は昔はもっと自然や動物達と仲良しだった。

宗教や文明によって人間が偉いモノと位置づけされ、謙虚さを忘れ傲慢になった人間が自分達の勝手で大地を支配し、海を汚し、星の見えない夜空を作り上げてしまっている。


自分は感受性の強い人間である。

森林伐採の映像などで木が軋む音を立てて倒れる姿はその軋む音さえ木々の悲鳴にも聞こえて胸が痛む…


元々子供の頃から田んぼの近くでザリガニを捕まえたり、ちょっとした山とかに入って遊んで虫を捕まえたりしていたし、命の大切さも学べたし、遊べる場所が昔はもっとあったような気がする。


今の子供達は外でもゲームで遊び、携帯を手にし、土の匂いや風の匂いや草木の温もりや匂いも知らずに育つ子供達も多い気がする。


そんな中で育つ今の子供達は自然や生き物の命の大切さも学べないまま育つ場合もあるだろう…


十代の頃に自然保護に目覚めたきっかけにもなった歌があった。
こんな歌詞である

「ねぇ 地球がひとりで泣いてる
ねぇ 地球がさよなら告げてる

揺れる草原で両手を広げ
丸くて大きな 君を抱きしめた
目を閉じ 耳を澄ませば
聞こえてくるよ
花や虫や鳥、魚
みんな生きているのに

ねぇ 地球がひとりで泣いてる
ねぇ 地球がさよなら告げてる

むかし君の上で誰かと出会い
愛は繰り返す 遠い未来へ
子供たちは透明な瞳で生まれ
空や海や土や人
絵本読んであげるよ
ねぇ 地球はおとぎ話しなの

ねぇ 地球はおとぎ話しなの

ねぇ 地球がひとりで泣いてる

ねぇ地球がさよなら告げてる」

この歌の歌詞で地球が悲しむ生き物のように初めて感じたし、
そう思うと地球環境破壊などが悲しかった、
そう感じてから地球の大切さを深く考えさせられた。

そして自然保護がしたいのに当時金を得る為の生活の為の仕事で人間の都合の為のモノを生産している矛盾…


葛藤の毎日だった。

逆に今の社会の、人類の問題点が沢山見えた。


子供達は親や周りの大人達の愛情を受けて育つべきだし、大人達の身勝手なエゴで子供達を涙で暮れさせるべきではない。

自分の中では自然保護も児童虐待やイジメや自殺など社会が抱えている歪みや閉塞感も全部繋がっている。

人間の卑しさやエゴや心の貧しさが生み出しているものである

今の現実はもはや宗教でも政治でも変えられない様な気がする…

今の混沌とした時代、生きる事に迷い、救いを求める人達も多い。

早い段階で良い影響力を与える人や物事に出会えると良いのだろうが、情報が溢れ多様化しすぎた社会では悪い影響を受けて育つ場合もあるだろう。

今は中身がなかったり薄っぺらい大人達がどうも多い。


どこか欠落していて、大切な事を学べていないまま成長していて、見た目は大人でも未成熟な人間が社会に出て今の世の中を動かす人になる…

陳腐な言葉といわれるかも知れないが、いくら勉強出来て議論が出来る人間でも根底に愛や真心がなければ人に感動を与える言葉を発する事なんて出来ないし、人の心や魂を動かす事なんてできやしないと思っている。


一人の力ではちっぽけで世の中は変えられないだろう。

しかしその一人の人間の持つ光がもっと広がれば、もっと沢山の意識が集まれば世の中は絶対に変えていけると思う…



以前映画の「アバター」を見て感じた事を…

元々歴史に興味があり、人類の歴史において大航海時代や産業革命などは人類の負の遺産の始まりと個人的には捉えている。

なぜこんな事をいきなり言うかといえば、アバターの世界では人類が他の惑星に行き、その惑星に元々居る先住民の人達を自分達の都合で追い払おうとするような描写がある。

大航海時代でスペインがインカ帝国を侵略したり、イギリスからアメリカ大陸に渡った開拓者が先住民であるネイティブアメリカンのインディアン達を虐殺した歴史に似てると思った。

自分はネイティブアメリカンのインディアンなどの考え方の方が今の現代人よりも崇高で精神性も高いと思っている。

インディアンの言葉で、「自然は、地球は子孫からの借り物である」という言葉があるが、今の文明人と言われる現代人は後先考えずに消費して、他の生き物の命すら私物化し動植物や自然のバランスを壊し、
大気を汚染し地球環境を破壊しているのが現実である。

そういう観点でいうと自分は人間というか人類があまり好きではない。

他者を思いやり人道支援をしたり博愛精神があるなどのヒューマニズムがあるのも人間特有ではあるが、文明文化によれば国や民族のカラーも違い、自分達が世界の警察だと言って正しいと陶酔している人々の多い国もある。

アメリカなんかは特にそうだ。

前にテレビで見たスパイダーマンなんかもスパイダーマンの後ろで星条旗がなびくシーンがあったりしたが、ヒーローを意識するアメリカならではの国民性やアイデンティティの表れであろう。


個人的にはインディアンを虐殺したアメリカの歴史を知っているのでハリウッド映画であるアバターを見て嘗て強く抱いていた反米感情が蘇ったのがなんとも皮肉な話しだが…

しかしある種のアンチテーゼを投げかけて映画を作った人間も同じアメリカ人であり、アメリカ人が悪いという訳でもなく、特定の人種が悪い訳でもなく、一部の国家体制や文明や文化や社会に問題があるのだろう…


「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」という言葉があるが
アバターで主人公が冒頭に先住民に言われた「あなた達は学ぼうとしない」と言う言葉が重く感じた。

文化や人種や個人で他者とは違えども調和であったり理解しあうという事の大切さも問われているのだろう。