<借りたやつ>


古井戸秀夫・河野多恵子 『歌舞伎』 新潮社 1992


野上圭 『3日でわかる 歌舞伎』 ダイヤモンド社 2003


渡辺保 『名女形・雀右衛門』 新潮社 2006


目代清 『日本舞踏「踊の心」近世歌舞伎舞踊作品~恋多き娘たち~』 邦楽と舞踊出版社 2003




<借りたいやつ>


今尾哲也 『役者論語評注』 玉川大学出版部 1992 →山口県内にはなし。他大学から取り寄せる。






卒論の約束事。メモメモ。



《 》 (二重かっこ)→ 作品名 に使用する


『 』 → 著作 に使用する



参考文献の書き方


例) E・ガレン 『ルネサンス文化史』 澤井繁男 平凡社 2000


 →  著者 『タイトル』 訳者 出版社 発行年度  の順。

さあさ、もう11月も半ばですよ!!



この間F先生に卒論の相談に行き、ようやく方向性がしっかりした私です。

(もっと早くにいくべき…ほんと汗



テーマは「宝塚の男役と歌舞伎の女形」



男役も女形もどちらも自分の性ではない性(異性)を演じています。

が、女形は「女よりも女らしい」と言われますが、男役は「男よりも男らしい」とは言われません。(私は聞いたことないです)


で、「じゃあなんでそういう違いが出るんだ?」っていうのを卒論にしようと。そんなところです。



ゼミの子にも指摘されましたが、歌舞伎と宝塚じゃ成立のしかた・時代・求められてるものとか色々違うので。

歌舞伎400年に比べて宝塚はまだ90年ですし。まあつっこみどころはたくさんありそう。

卒論でいっぱいつっこんでいけたらいいな…いや、いきます!!頑張ります!!



で、再来週の月曜日が発表なんですね。

前期から(むしろ三年のときから)テーマ変更無く着々とすすんでるみんなとは明らかに差がありますが、

自分なりに精一杯やります。いまやる気がある時なので。



26日の発表では、「歌舞伎の女形」についてやろうかな。

宝塚はまだしも歌舞伎の情報ストックは皆無なので…浅い知識ならちょっとはありますが。



でもいっつも発表のとき悩みます。「発表の準備」←これそのものが悩みのタネです。

「私の頭の中を勝手にのぞいてくれよ」って気になってしまいます(笑)



まあ発表することで頭の中の整理とか人の意見もらえたりとか、いいことはあるんですけど。




とりあえず発表までに歌舞伎の女形の基礎知識~卒論で論じたい部分に関わることまで調べ&まとめなくては。やるぞー!!




夜は冷えるので、みんな研究室で風邪とかひかないようにねあせる



気がつけば今日はもう8月18日ではないですか・・・



みんなちゃんと前期発表の提出したみたいで…わたしは…ドクロ




卒論ってなんだろう、というのが最近の口癖です。

博物館実習でダウンし、なにも手がつかないこの頃。



発表のバージョンアップやらないとなぁ…あせる



8月中には提出できるよう頑張ります354354


とりあえず元気にならないと~

★脚注・注について★


検証可能にするため

  ↓

裏づけが存在する=示す



脚注をつける基準としては…

・本文中に含めると煩瑣(こまごまとしてわずらわしいこと…!)になる内容

⇒文献の名前・作者・ページ数…

議論の典拠を注として載せる。



“孫引きの註”

外国語の本(A)を引用?している自分が読める本(B)を註にもってくるとき



★脚注のつけ方★

Word

挿入⇒参照⇒脚注


※「脚注」を選択…「文末脚注」ではなく⇒読むときに読みやすくなる


脚注のつけ方には個人差が出るので、「こうだ!」という基準はない…フッ2




次の発表では脚注をつけてみよう~

Let's 脚注!



⇒学術論文に「脚注」がある…!!よ。


通説と区別するためにも必要。キラキラ




通説、俗説学説の区分


裏づけがとれない場合は、「~といわれている」というふうに断定しない

⇒そして論を続けていく…


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op.cit. 先出


ibid. 前出



例)

A.Dorner,Art and…(Chicago up,1989):43

ibid,46.

ibid,123.

op.cit,Damofsky.34.



↓↓分かりやすいのはこっち↓↓


註3.Dorner.125   ⇒註 名前 ページ数

(同じ人の本を参照する場合)






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きょうのつぶやき


今日は、T・Aさんとかぶりまくりの1日でした・・・!!


髪型・・・似てる・・・


洋服・・・同じコーディネイト・・・


携帯の待ちうけ・・・同じ「じゃらん」のにゃんこ(にゃらん)・・・


発言・・・いつものごとくかぶりまくり・・・


買ったジュース・・・朝の健康果実100パーセント(オレンジ)・・・





もう、そんなに私のこと好きなんですか??



だからってそんなにマネしないでください、Aみたん…


今日、道門に研究室のM子さんとお出掛けしました。

夕飯を食べていたら、なんと後ろの席に…



イッセー尾形さんが!!!!



お食事中にもかかわらず、にこやかに対応して下さって、二人してはしゃいでました。



私がイッセー尾形さんの舞台を観たのは、小学校低学年の時です。


舞台のあと、サイン会の列に並んだ記憶があります。

あと、すごくおもしろい舞台なのに、隣のおじさんがイビキかいて寝ているのを腹立たしく思った、そんな記憶も。



思わず母親に電話をし、友人たちにメールをし…



そしていまブログに書いているわけです。



山口には毎年いらっしゃってるようですが、わが故郷、宮崎にはあれからいらっしゃっていないので是非とも来宮してほしいものです。



いや~今日道門行ってよかった~!!(*^^*)



研究室にゴキがでました。






つぶそうと思ったら棚の裏に逃げられたので、しばらくほっておいたら、さっき…











飛びました。









明日絶対殺虫剤買ってきます。

ハエタタキもついでに買ってきます。







デカイです。

かなり。




めっちゃ本棚の本の間を行ったりきたりしてます。

みんな、本を手に取るときは気をつけて・・・・・・・ヤツが潜んでるかも。




バル●ンとか、たきたいですね。

学務の許可とかいるのかな…



ま、その前に研究室に出入りできなくなるけどね。



荷物ここに置いてくのが嫌になってきた…汗

重いから置いていきますけどね!!


お気に入りのふかふか椅子に驚きの機能を発見。




背もたれが調節できる!!!




前にも後ろにも自由自在好



ま~よく見たらそのバー(?)に「BACK POSTURE ADJUSTMENT」って書いてあるわけで…


※POSTURE…姿勢

  ADJUSTMENT…調節



で、卒業した先輩がそんな話してたな~と思ったら、U垣先輩のブログに全く同じことが書いてありました汗

変なところでフィーリングがあってるなぁ…おもしろい。




今日は夏みたいですね。

入道雲がすごい。



ソフトクリームソフトクリーム(バニラ)がもりもり食べたくなります。



さ~て発表準備頑張るぞ~エルモ


植田紳爾『宝塚、わがタカラヅカ』




高木史朗氏の「宝塚の舞台に一番ピッタリするのはロココの時代だ。ロココのセットを飾らせたら宝塚は日本で一番だ」という言葉が植田氏の中で記憶に残っていた。

そのため、シュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』ほかのフランス革命に関する資料をこつこつと集めていた。

(→これが下地となっている)



1973年(昭和48年)頃、植田氏の友人である鈴木田鶴子さんに「宝塚にピッタリな漫画があります。これを宝塚で出来ませんか?」と池田理代子さんの漫画『ベルサイユのばら』を見せられる。

→このとき、当時の宝塚で漫画を舞台化することなど考えられないことであった。

 (しかし、漫画を読むうちに、原作者の池田理代子さんが歴史を正確に調べ、その上当時の風俗を精密な資料を基に描いていることに感心しはじめる。)



その頃植田氏は、尾上松緑氏を宝塚歌劇団に招いて演出や振り付けをしてもらっていた。

→尾上松緑氏とは、植田氏のオリジナルの作品で仕事をしていた。



長谷川一夫氏に宝塚の演出をしてもらう話になったときに、植田氏が企画書を作ることになったのだが、そこで植田氏は尾上松緑氏との仕事とは違う企画にしたいと思い、「原作物」をやろうと思いついた。

→長谷川氏と植田氏の初めての仕事は『わが愛は山の彼方に』(原題『落日の悲嘆』・作者:伊藤桂一)


二度目の二人の仕事は、長谷川氏が植田氏を指名するかたちで決まる。

長谷川氏の注文は「洋物がやりたい」というもの。


原作のある洋物」…しかし、リアルな題材ならば、植田氏はとくに長谷川氏に教えてもらうことはないと感じていた。

そのとき、「様式的なものなら、なにか得るものがあるのではないか」と思い立つ。

そこで浮かんできたものが『ベルサイユのばら』であった。


→なかなか漫画全巻が集まらず、京都の古い書店にてようやく全巻購入。このことが、植田氏により『ベルばら』をやろうという気持ちを起こさせる。(「その本屋で漫画を買えなかったら、諦めよう」と植田氏は心に決めていたそう。)



→月組の大滝子、榛名由梨、初風諄がいるからこそ考えた企画


→その頃、日本の演劇界には“アングラ”という言葉が流行したほど、前衛的で暗く黒い舞台が流行していた。

 そのため宝塚も暗いものをやれば時代の先端を行くという風潮があった。

 植田氏は、もっと甘く美しいものをやらなければ、宝塚本来の魅力や独自の存在価値がなくなるという危機感をもっていた。

 それを否定する意味でも久しぶりに華麗なロココの美術で舞台を作りたいと思った。



→植田氏独自のマーケットリサーチにより、『ベルばら』の愛読者層が10代~40代と幅広いこと読者の10~20%の人は宝塚を観たことがないこと、ということが分かる。


『ベルばら』上演によって、新しい観客層を広げることができる、と考えた。




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…と、いうことはですよ。

結局『ベルばら』をやることになったきっかけっていうのは、


蝶々長谷川一夫氏の存在


蝶々鈴木田鶴子さんからの『ベルばら』の紹介


蝶々観客層の拡大


蝶々植田氏の宝塚の舞台の変革への思い



…ってなことになるんじゃないでしょうか。

簡単にいえば、ですが。


原因は一つではなく、いくつもの原因が重なって、『ベルばら』は生まれたわけですねキラキラ



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と、ここでもう一つ。


川崎賢子『宝塚 消費社会のスペクタクル』



宝塚では、60年代の黄金期をささえたスターの退団があいついだこともあり、70年代のはじめの数年間、観客動員にかげりがみられたという。


TVに圧され、映画に圧され、アングラと呼ばれた新しい演劇の動きにも圧されつつあった。

無芸の素人がタレントと呼ばれ、隣のお姉さんふうの親しみやすさを売り物にする少女がアイドルと呼ばれ、技芸の蓄積や様式美がかろんじられる時代だった。


(中略)


退潮を心配された宝塚歌劇の起死回生の機会をもたらしたのが、『ベルサイユのばら』の成功だ。

池田理代子の人気漫画を宝塚で、そのきっかけはファンの投書だったという。




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…おおっと、この本ではまたなんかきっかけが違う感じで言われてますね。


蝶々ファンの投書


蝶々テレビ・映画など登場、アングラ演劇



こっちの本のきっかけは、すごく表層的な感じがします。

たしかにファンからの要望もきっかけの一つだろうけど、さっきの植田紳爾さんが書いてることの方がもっと詳しいというか。

(そりゃ、初演に関わった演出家本人が書いてることですからね)


でも、テレビ・映画の台頭っていうのはある気がするな。

「文化の変化」って面でも、この事実は見逃せないです。



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最後にもう一つ。


朝日新聞社『おお宝塚60年 「ドンブラコ」から「ベルばら」まで』



『ベルばら』上演を望むファン


…9月に新作『ベルサイユのばら』が登場する。

機関誌「歌劇」の投書欄に、この作品の上演を望むファンの声が載ったのは前年11月号だが、脚本・演出の植田紳爾も、早くから池田理代子原作の長編漫画に目をつけていたという

歌劇団は上演に踏み切ったものの、長谷川一夫に演出を頼むことで話題性を増す策を立て、…




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この朝日新聞社の本は、宝塚の初期の頃をまとめた雑誌みたいな本です。

古い写真も載っていて、とてもノスタルジックな感じがしますニコ



これだと、結局は植田氏の方が『ベルばら』に先に目をつけてたってことだよなぁ…



と、いうことは舞台版『ベルばら』誕生のきっかけは植田氏の本(『宝塚、わがタカラヅカ』)にある記述と、その頃のテレビ・映画の台頭かな。

ファンの投書もそれを後押ししたとは思うから、きっかけはきっかけなんだろう。うん。


とりあえず、現代の漫画舞台作品とは傾向が違うのはなんとなく見えてきた気がします!!やったね(*´・ω・`)




しかし気になったのが「長谷川一夫に演出を頼むことで話題性を増す策を立て、…」という記述。

植田氏の著書によると、長谷川一夫氏に演出を頼む方が先に決まってたような書き方されてたんですが。

そこのところどうなの、朝日新聞社さん。(´・ω・`;)この記述だと、『ベルばら』上演決定が先で、長谷川一夫氏演出決定が後っぽいんですが…もう困りますわ…





今回の発表はココがメインなので、一段落ついたかな~?

まだまだまとまってないのでホントに泣きそうですが頑張ります真顔



終わったら肉を食べに行こう…そうしよう…肉


宝塚のドラマ作品に「同性愛的描写」が登場した先駆的作品⇒1978年月組公演『隼別王子の叛乱』


※原作にはない、口付けのシーンが加えられている。


⇒男役が女役(『ベルばら』のオスカル、『風と共に去りぬ』のスカーレットなど)の役柄を担ってのラヴシーン、ショーでの男役の女装、ひらひらの中世的な衣装での男役同士の絡みは以前からあった。


→『ベルばら』、『風と共に去りぬ』はヒロインを男役が演じる⇒そのラヴシーンは男役同士のラヴシーンに。⇒観客の反応を見越して、原作を離れた濃厚な台詞のゆきかう演出がほどこされる。


…⇒1980年代以降のサブカルチャー、とくにコミック、同人誌系小説などの分野で、女性読者向けの男性同性愛あるいは少年愛をあつかった「やおい」ジャンルが台頭したことも関連している。



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おおお…宝塚もそういう同人の動きを取り入れているんですね…というか、それだけ「やおい」ってジャンルが広がってそれを好む人が多い、ってことなのかな?


しかし「1980年代以降」って…けっこう昔から同人は流行っていたんですね。

うーん奥深い…(´・ω・`)


現在の漫画舞台作品は、ジャンプ系の作品に関しては「同人」要素が強いと思うんですよね。

テニスの王子様なんか特にそうで、キャラクター同士が(役者さんが演じているわけですが)アドリブで仲良さそうにしたり、お姫様だっこなんかしたりするので…しかもお客さんはそれを求めているし。



うーんでもやっぱり、『ベルばら』(初演・1974年)をやるきっかけというのは、同人ではないんじゃないか?と…。

そのきっかけが載ってそうな本…はやくこないかしら…!


とりあえずメモメモ。