超弩級な話? | オッサンの妄想ストレージ

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前記事に引き続き軍事ネタ。


よく「凄い」事や「大変大きいもの」を表す言葉として超弩級という言葉がありますが、元々は戦艦のサイズを表す言葉でした。


超弩級の弩はイギリスのドレッドノートの「ド」です。超弩級艦とは英語で(確かw)スーパードレッドノートクラス(←英語で書けよ)といいドレッドノートを超える大きさの戦艦という意味です。


大艦巨砲主義の発端になった戦艦の名前が由来です。因みにこの大艦巨砲主義の終盤に作られた大和級は実際には超超超弩級戦艦という感じになります。


各国が40センチクラスの主砲をつんだ戦艦で建造競争が落ち着いたところに(落ち着いたのは経済的・技術的な理由による)後出しじゃんけん的に46センチ主砲を積んだ戦艦を作り他国の戦艦のアウトレンジ(射程外)から攻撃出来る戦艦を作ろうという発想でした。


当時の仮想敵国のアメリカはパナマ運河を航行できるサイズ以上の戦艦は戦略上建造できなかったので(大和級は大きすぎてパナマ運河を航行できない。というか設計段階から想定していない。)やはり主砲は40センチクラスが限界でした。


この超弩級戦艦同士の戦闘と言うのは戦場の主役が航空機に替わってしまいほとんど行われませんでした。これが超弩級という言葉を無用の長物的な意味合いにさせている事ですがw大和級は国家予算の3%もの大金を投じて作られたにもかかわらず全く役に立たなかった。大和級は3隻作られほぼ国家予算の10%掛かっている。計画では4隻作られる予定だった。


40センチクラスの主砲ともなると各国間の技術的差が出た為国によって射程距離や命中精度に差があったと言われています。45センチ主砲で要求通りの射程距離と命中精度を持たせた大和級を建造できたというのは凄い事なんです。


また、この超弩級戦艦は金がかかりすぎるので財政的に運用コスト面で考えて40センチクラスの主砲に落ち着いた面もあります。200発程度で砲身を交換しなければならずこの砲身を作る鋼材だけでもちょっとした船が出来てしまうという。


まあ、ただの軍事ヲタのつぶやきでしたwでも私はそれほど詳しくありません。