子どもの人生を支配し、
子どもが厄介だと思う親のことを
毒親という。
子どもの心を傷つけるような暴言を浴びせたり、
身体的な虐待をしたり、
子どもは心身共にボロボロ。
あからさまな毒親のタイプ
でも、
分かり辛いタイプの毒親は、
なかなか気づけないんだよねー
ほんと厄介だよ。
とても優しくて、子どものためなら、
自己犠牲も厭わない
自他共に認める、
母性溢れるタイプの母親
(父親であっても、父性は乏しく同じ)
ここからは、
潜在意識の話ね。
潜在意識の話ね。子どもをじわじわと真綿で包むが如く
身動きとれないように、
コントロールしていく。
もちろん親自身も、周囲の人たちも
とても良い親だと思っている場合が多い。
『母性』は
子どもを慈しみ守る
子どもを呑み込む
という表裏がある。
愛情という大義名分のもとに、
どの母親も、多かれ少なかれ
子どもを囲い込むものだけど、
親の方が子どもへの依存が強いと、
共依存の関係が成立する。
隠れ毒親は、
いつも『善い人という役割』を演じる。
だから、必ず『悪者の存在』が必要になる、
第三者を悪者に仕立て上げる、、、
と言ってもいいかもしれない。
例えば、
その子どもの父親がとても厳しかったり、怒鳴ったりと、
子どもにとっては、恐い存在。
あるいは、
教育だから、、、
あなたのためよ、、、と
子どもが萎縮してしまうような
とても厳しい指導者に子どもを託す。
そして、
泣く子どもを抱き寄せ、
優しく腕の中に抱いて、
“ママがついてるわ"
“一緒に頑張りましょ" と。
母親はあくまでも優しい役割を演じる。
いえいえ、
あなたも時には嫌われ役をしましょうよ。
ステージママ、教育ママもそうかもね、
"ママとあなたは二人三脚ね、" なんて。
いやいや、どちらも二本足で立とうよ、
母親が立つことができないからでしょ。
子どもは、
優しい母親と厳しい第三者との間で
翻弄することになり、
大好きな母親の腕の中を
安住の地として、
精神的に自立できない状態に陥っていく。
母親は、
子どものために生きて、
自分の存在価値を見出している。
こういうタイプの毒親は、
自他共に無自覚な場合が多い。
ほんとうに巧みだと言える。
ただ、本質は
ほんとうに愛情深い母親なのかもしれない
とも思う。
未成熟なだけなのかと思う。
しかし、
未成熟なだけ、では決して許されない。
もし、
あなたが、父親を憎んでいるのなら、
もしかすると、
母親のフィルターを通して、
父親を非難している可能性があるかも。
一度立ち止まってみて。
もちろん父親自身にも問題があるかもしれない。
母親にとって、子育てはほんとうに大変な大仕事。
綺麗ごとだけでは、済まない。
母親になったからと言って、
当たり前にできることではない。
そんな妻のメンタルを支えるのが
夫の役割なのに、お父さんは素知らぬ顔。
"父親は損な役だよ、"
なんて言ってる場合じゃないっしょ、
大変な奥さんを癒してあげましょうよ。
日本人は農耕民族なので、
そもそも父性原理が育ちにくい。
また、
子どもが生まれると、
夫婦の関係が、
お父さん、お母さんという役割の家族に
変わっていく。
このことも大きな要因かと思う。
毒親によって、
魂が傷つけられ、
魂が殺される。
母性というものは、
ほんとうに残酷な一面がある。
母親が自分自身の人生に責任を持って
生きていくことが大前提となる。
母親の人生を子どもが肩代わりすることは、
絶対に許されない。
もし、
毒親に悩まされているのなら、
きっぱりと距離を置くのもひとつ。
というのは、
今、目の前で起きている
現実の毒親とのできごとに、
いつも感情が揺さぶられる。
さらに、過去の記憶と相まって、
脳の中で、その感情はより強く揺り動かされる。
つまり、
現実以上の悲惨な現実が
脳の中で展開されていることになり、
記憶として、アップデートが繰り返される。
だから、
もし、
その思考を断ち切りたいと思うなら、
現実の毒親と距離を置いて、
まず、自分自身の脳の中の思考回路を
修正していった方が早い。
あなた自身の思考が変わると、
毒親に振り回されなくなるよ。
水は上から下にしか流れない。
おそらく何世代にも渡って、
毒水が流されてきたと言えるから、
子どもが親を変えることは難しいけど、
毒水を他所へ逃すことができれば、
浄化することができる。
そして、
新たに違う水路をひくことができる。
クソジジイ、クソババアのことを
"お母さんたらぁー 子どもねぇ" 
"お父さんたら、、、しょうがないわねー”
と言える日が来るといいね。
『心が楽しくなる部活』

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