今日は授業でロールプレイをした。
守護神ゲーム
①自分が家族になったつもりで自分を批判する。
②その会話をグループ内の2人に演じてもらう。
③そのあと、守護神役の自分が自分を守るような声かけをする。
これをやって気づいたことがある。
うまく自分を守れる人と、守れない人の2通りに分かれること。
うまく自分を守れる人は自分の家族に対して自分の優位を保つことで自分を守る。
守れない人は家族の立場も守ろうとして自分を守り切れない。
これには育った環境の中で自己愛が強いかどうかが関係しているようだ。
親から愛されて自己愛が強く育った人は親を傷つけてでも自分を守れる。
親からそれほど愛されずに自己愛が弱く育った人は親の立場も考慮して、自分を守れない。
興味深いのは、愛情をもらった人は自分のためにその人を傷つけられること。
このジレンマに気づくことができた。
どちらかがこのように愛情を利用できる状況が多数を占めるとすれば、双方の無償の愛情なんてありえないのかもしれない。
また、自分を傷つけようとする力動がある場合、それから自分を守れば相手を傷つけ、守れなければ自分が傷ついてしまう。どちらかが必ず傷ついてしまうようだ。このあたりは囚人のジレンマと似ている。
僕は、自分の中にどっしりと根付いていた自己愛に気づき、軽くショックを受けた。
相手を傷つけてでも自分を守る自分の汚さを自覚することで、自己愛が強いタイプの人はギリギリのところでとどまれるのかもしれない。
逆に、自分が傷ついてでも自分のやさしさに気づくことで、自己肯定感を高めていけるのかもしれない。
でもこうやって人間は平均化していくことでしか、ストレスなく生活できないんだろうか。
まとまりませんね。