今日更新された栗城史多さんのブログを紹介します。
彼に好感をもっていますし、尊敬もしています。
これは、神の高山に登る励みもしくは助けになると判断しましたので、引用いたします。
2012年の秋季エベレスト西稜にて、下山途中で強風に遭い、両手両足鼻が重度の凍傷となりました。入院先から「必ず復帰します。」とメッセージを出した時の事は今でも忘れていません。
9本の指を切断してから、リハビリとトレーニングを重ね、昨年ブロードピーク(8047m)に単独・無酸素登頂、そして今再びエベレスト(中国側)に向かいます。
何故そこまでして山に復帰する事ができたのか。以前このfacebookでも書きましたが、山に復帰する事ができた大きな理由があります。
それは、指を切断した後、尊敬する山の先輩と八ヶ岳へ復帰への訓練に行った時の事です。靴の紐も満足に結ぶ事ができなかった自分に対し、山の先輩から下山途中に「山を見るんじゃなくて、自分を見ろ。自分を見極めろ。」と言われました。
そして、その後あらゆる自分を見つめ直していた時に、もう一人の山の先輩から昔言われた事を思い出したのです。
「楽しくなかったら下山しろ。」
挑戦は苦しくても、楽しめる心があると頑張れます。
しかし、楽しむ事を忘れてしまっているという事は、それだけ自分の心が追いつめられている証拠です。
心の余裕を失った時、それが山の事故に遭う一歩手前だという事です。(突発的な事故を除いて)
僕の今までのエベレストへの挑戦は、生中継を行うための資金集め(地上の山登り)への苦悩から始まり、2009年は政治的な問題で足止めされてしまったり、2010年にはエベレストの麓に向かう飛行機が悪天候で一機墜落、ネパール人の友人を亡くし、2011年には取材でベースキャンプを訪れていたベテランの山岳カメラマンがくも膜下出血で亡くなり、という悲しい事がありました。彼らのためにも、合わなかった歯車を合わせなければと必死で登っていました。
しかし、悲しみを抱えたまま山に向かっても、やはりいい結果には結びつきませんでした。
指を失ってから自分を見直し、原点である「山を楽しむ」に立ち返った時に、肉体的なハンデも乗り越えて、ブロードピーク(8047m)を登る事ができました。
もし友人や仲間、大切な家族が何かに挑戦し、楽しめなくなっている人がいたら、この話をシェアして伝えてあげて下さい。
楽しめなくなった時、一度原点に引き返してみましょう。
楽しむに違和感を覚える方もいらっしゃるかとおもいますが、つまりは心の余裕という意味ですね。
まわりを、自分をしっかりとみつめ、見定められる余裕をもつ、ということの大切さです。
つねに自己を省みる。そして、なぜ今こうなっているのか、こういうことをしているのか、胸で思案してゆくことが必要だということですね。
楽しむ、にわたくしは違和感をかんじません。
それはそれで、楽しいところはありますから。
楽しみを見いだしてゆくことはできますから。
日々のささやかな喜びも、楽しみですよね。
楽しむことは大切ですね。