第21話


 一度は見失った彼の姿だが、有馬は慌てず、彼がいるであろう中庭に向かった。
 そこにはいつものように木陰で佇む姿があった。有馬が来たことに気付き、彼は視線を上げる。
「有馬さん。どうしたんですか? そんなに慌てて」
「どうしたも…こうしたも、お前だったのか、異世界人って」
 息を切らしながら有馬が訊ねると、和勝はいつもと変わらない柔らかな笑みを浮かベる。
「へえ、気付いたんですね」
「舞台からお前がいることに気付いて、全てに合点が付いた。学校に来ないのは病気じゃなくて人を殺しているからだ。休み時間に自販機に行くのは、密入界の証であるコインをなくし、それを探していたからだ。異世界に詳しかったのは図書館で調べたからじゃない、和勝が異世界人だからだ」
 一気に捲し立てる有馬。
「まあそんなことでしょうね。でも密入界に必要な物が何かと気付いた点は称賛に値します。有馬さんが気付いたと言うことは、あの子が持ってるんでしょうけど」
「唯賀だろ?」
「あの子には少し関わりましたからね。能力を使わずないで人間を使って殺すために。そのときにコインを失うどころか殺すことできなかったなんて大失敗です。こんなことなら押上さんとその妹や唯賀さんを巻き込まなければ良かった、ただ面倒なだけでしたよ」
 有馬には和勝が言っていることが理解できなかった。あまりに唐突すぎて。
「じゃあ、あの電車の事故は和勝が起こしたのか?」
「起こしたんじゃなく、起こさせたんですけどね。一番笑いそうになったのは、有馬さんが押上さんを避けてまんまと三号車に乗ってくれたことですかね。それがスイッチでしたから」
「俺を殺す為のか?」
「いいえ、有馬さんを殺すだなんてとんでもない」
 そう言うと和勝は視線を有馬の後ろに合わせた。振り返るとこちらに駆けてくるリラの姿が見える。
「ちょい待て。どうしてリラさんを? お前の仕事は俺を殺すことだろ?」
「それだと別に密入界なんて必要ないですよね、仕事をこなすだけなら」
 言うと同時にリラの体が浮かび上がった。緩やかな風に流されるように。リラは手足を動かし逃れようとするが効果はない。
「僕はリラを殺したかったのです。最初はこの世界を全て消そうと思いましたが、それは叶いませんでした。僕はあなたではなかったようです」
 和勝は寂しげに言い、自分を侮蔑するように笑う。
「簡単に言えば、僕はあちらの世界で作られたクローンです、亡くなったあちらの有馬さんの器を持つ方の。そして作った方はリラの親です」
「話を聞くからリラを離してくれ! 頼む」
 五メートル程の高さを浮くリラを見つめ、有馬は声を荒げる。この高さから落ちれば骨折、打ち所が悪ければ死に至るかもしれない。
「いえ、このまま聞いて下さい。そして有馬さんもここを動かないで下さい。あなたにも聞いて欲しいのです。あちらの世界のことを」
 上空を漂うリラにキツい視線を向けながら、和勝は淡々と話し始めた。
「リラの親はこちらの世界の科学とあちらの世界の超能力を融合しあらゆる実験していました。その力を用いて多数の能力を持った超能力者を作り――」
「それってリラさんのことか?」
 問いかける有馬をふっ、と鼻で笑い、和勝は続ける。
「さらに捨て子を引き取り、その子でクローンを作りました。そしてその捨て子は無能力者だったので、自分の娘と同じように後天的に能力を与えようと実験したのです」
 その言葉を聞いてリラの涙が頬を伝う。
「リラさんは普段はぼけっとしてますが怒ると怖いんですよ。だから姉弟のように育って来た捨て子以外が様々な実験を受け、能力を与えられたことを知ると、彼女は研究施設をめちゃくちゃにしたんです。親も研究員も半殺しです、笑っちゃいますよね」
「やめてよ、思い出させんといて」
 嗚咽まじりの小さなリラの声が和勝に届くも、それを軽く笑って無視する。
「まあそれだけやればリラも無傷じゃすみませんよね。そこを実験で作られた唯一無二の能力……ヒーリングで捨て子は治したのですよ、自分の命を顧みず。治癒と言っても傷を己に移す能力ですけど。……それで彼は命を落としました」
「それがどうしてリラさんを殺す理由になる!」
「別にリラ自身にはそれほど恨みはありません。けれどその親には恨みがあります。僕を自分勝手に作ったにもかかわらず、思っていた能力を身につけなかったからと売買したのですからね。だから殺してやろうと思いましたが、先にリラが痛い目に合わしたので。それならその娘を殺してさらなる苦痛を与えてやろうかと。なので仕事以外で能力を消費するため密入界し、リラを殺す為の能力を蓄えたのです。まあ最初は有馬さんを殺すように見せかけて、助けようとするリラを殺そうとしたのです、牢獄は嫌なので。しかし彼女があまりにも粘るので。もう能力とイライラの限界で強行手段に出ました」
 そう言うと和勝は首を左右に振った。するとリラも空中で左右に動き、周りに生える木々に体を打ち付けられる。
「僕はいったいなんなんでしょうね? クローンで同一の生命のコピーなら有馬さんと同じ器を持つはずなのですが、あなたと出会っても宇宙は変化しませんでした。何か変化があればと思い何度か会ってみても何も変わらない……僕はいったい何者なんでしょう」
 自問自答しながら、和勝は更に強くリラの体を打ち付ける。リラの肌は木々の枝が突き刺さり、引っ掛けられ擦り傷だらけになっている。それでもリラは和勝を視線から外さない。
「その眼がムカつくんだよ!」 
 和勝は眼に力を入れ、睨みつける。これで最後だと力を瞳に込めて。
 その尋常ではない眉間の皺に瞳の充血。そしてその視線。もしかして……。有馬はそれに気付くと体が勝手に動いた。
 地面の堅い土を握りしめ、思い切り和勝に振りかぶる。
 土が飛んでくることに和勝は気付かず、眼に土が入り咄嗟にリラから眼を離す。その瞬間だった。リラが落下した。木の上だったので枝がクッション代わりになりそれほど大事には至っていない。
「くっそ、殺すんだ!」
 すぐさま眼に入った土を取り除き、リラが落下した辺りに視線を向ける和勝だが、目の前には有馬がいた。
「こうすればリラさんに攻撃できないだろ?」
 和勝の超能力は眼に捉えた物をサイコキネシスできる能力。だから対象物を瞳に映さなければ意味がない。
「そして俺を攻撃することもできない。俺を殺せばクローンのお前も始末されるからな。まあ、器が若干違うから両方殺されるかもしれないけど、俺が生きていれば可能性はないわけではない、だろ?」
 くそ、と地面に這いつくばり手を叩き付ける和勝。悔しそうな横顔には涙が伝っている。
「リラさん眼は冷めました? 和勝の体に電撃を当てて下さい。気絶させるくらいなら大丈夫ですよね」
 リラは体を起こし、有馬の背後に隠れながら近づく。
「うん。でも、まだ気力ある? この子」
「油断しては駄目です。まだこいつの感情の変化は治まっていません、早く」
 有馬の瞳には和勝を被う青黒い光が消えていない。
 リラは小さくごめんと言いながら和勝に手を向け、電撃を当てる。
 小刻みに体が震えのたうち回り和勝。悲痛なうめき声が漏れる。
「和勝。何事も眼を背けないでちゃんと見据えてくれ。リラさんはちゃんと見据えた。だからこの世界とあちらの世界をつなげない方法を探し、実行したんだ。成功かどうかはまだわからないけど。だから和勝。お前もお前の方法で見つけてくれ」
 有馬が全てを言い終える前に和勝の意識は失っていた。その力が抜けた和勝の眼を隠すように有馬は自分の制服の上着を頭にかぶせた。
「じゃあ、リラさん。公園に行きましょうか、こいつをおぶって」
「うん、有馬……ありがとう」
 ボロボロの体で心身疲れているにも関わらず、リラはいつもと同じ笑みを有馬に向ける。
「いいですよ。それより体が傷だらけですから早くあっちの世界に帰って治療してもらいましょう」
 有馬はそう言って和勝を肩で抱いて持ち上げた。リラも慌てて有馬と逆の方を肩で抱く。有馬が持たなくてもいいと言ってもきかない。
 そして二人は向かった。初めて出会った場所、中央公園へ。

 夕闇に染まりつつある公園。その広場の外れの道路脇にある、気味が悪いほど綺麗な楕円状の石。そこに座りながら有馬とリラは五〇日がくるギリギリまで話し続けた。有馬が怪我をしているから早く帰れと言ってもかまわずリラは喋りつつけた。
 そして、およそ四九日終了三分前。
「そろそろ帰るな、有馬」
「やっとですか? ほんと擦り傷だからいい物のこれからは気をつけて下さいね」
「うん、ありがとう。あたし有馬にはいっぱい感謝してる。最終的にはあたしが命を助けられたし――」
「たまたまですよ、止めはリラさんですし」
 有馬がそう言うとリラは膨れっ面を浮かべた。
「最後まであたしの話し聞いて。有馬はあたしに前を向かしてくれた。有馬に会えへんかったら、あたしずっとアイツのことばっかり考えてたと思う。ほんまにありがとう」
 リラは笑って手を差し出す。有馬は照れ隠しにうつむく、がこれで最後なら眼を逸れしてはならないとしっかりリラの眼を見て口を開いた。
「僕の方こそ。この眼が異常だと知って絶望しました。リラさんと出会っていなければ、俺は何を見るのも嫌になっていたはずです。リラさんは俺に見ることの大切さを教えてくれました。異常な人間の俺はどういう存在なのか悩みました。でも自分のことは他人を見ないとわからない。それから逃げていた俺を、俺を」
 有馬はこらえきれない嗚咽に言葉がつまる。泣くことはできる、しかし有馬はそれを我慢した。そんな有馬の頭をリラはそっと抱える。
「ありがとうリラさん……俺、眼に映った世界を絵に描いてみます」
「うん。あとはため息つく癖も治したら完璧やな」
 涙を拭き、視線を上げるとそこにはもう異世界人の姿は消えていた。
 なんだかあっけないな、と有馬は苦笑いしながら振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。彼が発する異様な雰囲気に有馬は察する。
「もしかして俺を殺しにきたんですか?」
 男は低い声を響かせる。
「ああ、その通りだ四九日内に殺すと決めているからな」
 それを聞いて有馬は小馬鹿にするように笑う。
「四九日はそっちの能力の都合でしょ?」
「そう通りだ。しかし決まりは決まりだ」
「そっちの世界の都合をこっちに押し付けないでくれ。だいたい俺を殺せば和勝だって殺さなくてはいけないだろ。せっかくのクローン人間をこんな無駄に殺していいのか? そんな判断をお前一人でしていいのか?」
「そ、それは……」
 男は口ごもり困惑する。その様子を見て有馬は畳み掛けた。
「リラさんはこっちの世界とあっちの世界をつながないようにしたらしい。その結末が出るまで俺の命はとっておいてくれるか? つなぐと決まった次点で殺してくれていいから。それと俺も仕事をするからさ」
「それはどういうことだ?」
 男が有馬に仕事の内容を聞き、それはいい考えだ、と納得し、姿を消した。
 有馬は橙と青黒い空のグラデーションを見つめ呟いた。
「また始めきゃな」
 つきそうになったため息を有馬は飲み込み、代わりに笑った。

第20話


 順調に練習を重ね、有馬もリラのお陰で命の危険に陥ることなく日が経ち、月曜日。
 統の風邪が治り、放課後は有馬とリラと統の三人で青戸の家に向かうことにした。家の前に来ると母親がいたので取り合ってもらい、三人は家の中に入り、青戸の部屋に向かう。
 階段を上りながら、不安そうな声で統は呟く。
「僕は嫌われていないだろうか。あんなことを言ってしまって……」
「心配するな。あいつらは結構お前にありがたみを感じていたぞ。週に何度か顔を見せてくれたこともうれしがっていたし」
「それならいいのだが」
 先頭を行くリラがトントントンと跳ねるように階段を上り、青戸の部屋の前まで行く。
 扉に手をかけようとした瞬間、統が小さな声で待ってくれと、リラを制止した。
「どうしたん?」
「いや、今僕の名前が聞こえた」
 耳を澄ます三人。しかし、澄ますまでもなく、扉の向こうから騒がしいひきこもり三人の声が聞こえてきた。
「委員長っておせっかいだよな」
「ふんだガムみたいにしつけーのな」
「温かいって言うより暑苦しいよ」
 楽しそうに統を貶す声が飛び交う。どういうことだと驚くリラと有馬。その後ろにいる統は素早く階段を下りこの場から逃げ出した。
「ちょっと、リラさん、あいつ追うから待ってて」
「えっ、有馬。ちょっと離れたら危ないって!」
 リラの呼びかけに応じず、有馬は必死に階段を下り、統を追って行く。
 これはどういうことか、腹が立ったリラは扉を勢い良く開けた。
 瞬間三人の和やかな声が重なって耳に届いた。
「「「でもいい奴だよな」」
 何とタイミングの悪いことか。リラは頭を抱え、すぐさま踵を返し有馬と統を追った。

「ちょっと待ってくれ統! あいつらはそんなこと言う奴じゃない、本当に感謝してるんだって」
 二〇メートル程先を走る統をなんとか引き止めようと走りながら有馬は呼びかける。
「あいつらはお前らが来るのを待ってたんだよ!」
 その言葉でやっと統は立ち止まった。息を切らしながら有馬は統の肩に触れる。瞬間頬に強い衝撃が走り、道の端に有馬は吹っ飛んだ。
「いきなり殴るなよ」
 頬を抑えながら、統を睨みつける有馬。
「もうお前の優しさなんていらない。やめてくれ。どうせ有馬も皆と同じように馬鹿にしてるんだろ?」
「落ち着けって。だか……」
 有馬は思わず息を止めてしまった。
 統の周りを被うシャボン玉のようなものが瞬間的に大きくなり、周囲を、有馬を被う。だがこれは幻だと意識し直し、有馬は肺に空気を入れる。
 しかしこの状況はまずい、統の感情が抑えきれず暴発しそうになっている。けれど有馬は統にかける言葉など見つからなかった。いい加減なことを言うと余計に傷が広がる。
 戸惑う有馬にかまわず、うつむきながら涙を流す統はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「うっとうしい、おせっかい、暑苦しい。何度も言われてきた。でも消極的だと、迷っていると手遅れになるんだ。彼女のように。殻に閉じこもるともう自分で開くこともできない、彼女の姿を見ることなんてできない。なら傷が浅いうちに手を伸ばさなければならない。それを僕は……何が悪い?」
 その問いかけに有馬は冷たい声で答えた。
「お前の生き方はお前で決めろ、悪いも良いもないだろ? いつもそうやってきたんじゃないのか?」
 返事はなく、統は駅の方に駆けて行った。有馬は追うをせずその背中を目で追った。
「ありまー。有馬っ!」
 後ろから声がしたので振り返ると、かなりのスピードでリラが近づいていた。
 ぴたっと有馬の前で止まり、よかったー、と一言漏らす。
「あんまりあたしから離れらんといてって」
「すみません、ちょっと状況が状況なだけに」
「で、あの三人やけど、別に統の文句やなかったみたい」
「やっぱりそうですか」
 それを聞いて再び有馬は駅の方に視線をやる。
「どうしたん有馬?」
「いや、ひきこもりより厄介かも、と思いまして」

 その日から有馬は毎晩統に一通のメールを送った。
『何ができるかじゃない、何ができるのか』
 けれど返信はなかった。もちろん電話もない。さすがに文化祭があるため登校はしたが、有馬が声をかけても返事もせず視線すら向けない有様だった。そんな最悪の状態の統に文化祭前日、有馬は最後の望みを賭けてメールを送った。
『明日が本番だ。あいつらに一言でいいから何か言ってやってくれ』
 
 文化祭当日。中学校三年生は昼休憩を終え、体育館に集合した。
 有馬の通う中学校の文化祭は、飲食物の出店や創作物の展示といった類の物ではなく、演劇や合唱、吹奏楽といった文化発表会と言った方が似つかわしい少し堅苦しい文化祭となっている。それは私立だからという理由もあるのだろう。
 午前中に一年と二年の文化祭を終わらせ、午後の二時間を使って一〇クラスの芸を観賞する。そこに二回の休憩が入り、その休憩時間に参加者自由の枠が設けられる。
 今回有馬が担当したのはその枠の後の方。つまり最後の休憩中に押上との対決が行われる。
 父兄や保護者が見守る中、緊張し普段の力を出せない者、成功し涙を浮かべる者、それぞれの芸を表現し、ついに最後の休憩時間がきた。
 有馬は文化委員に呼び出され準備室に案内される。
 扉を開くと薄明かりの中、青戸と立石と四ツ木が緊張の面持ちでそれぞれのスナック芸の練習を行っていた。
「調子はどうだ?」
 有馬も緊張しているが、なるべく声を平坦に抑え明るく言った。
「ああ、いつも通り。ところで有馬。委員長は? 今日までに連れて来るって言っただろ?」
 立石が丁寧にお札を折りながら訊ねる。
「すまないな、学校には来てるんだけど……」
 目すら合わせてもらえない、と正直に言えずしどろもどろな有馬の背中に薄らと光が当たる。
「おっまたせー。連れてきたでっ」
 視線を扉に向けると、そこには有馬と初めて出会った時の服装(青のワンピース)のリラと、その後ろに隠れるようにして統が立っていた。
「統、リラさん……ってなんでリラさん私服?」
「高校生は授業中やなかった?」
 ついつい有馬はリラの設定を忘れてしまっていた。この中学の高等部の生徒ということになっているのだから、制服を着てここにいれば注意されるのは明らかだ。
 統はどこにいたんですか? 体育館の周りをうろちょろしてたからつれてきたねん。そんな有馬とリラのやりとりを無視し、統がリラの前に立った。肩にはトートバックを提げている。
「すまないが、僕はお前達にどんな言葉をかけていいかわからない。しかし、こうすることで緊張が解けるなら、そう思って練習してきた。見てくれないか?」
 立石、四ツ木、青戸は目を見合わせ、頷いた。
「ではいくぞ」
 統はトートバックからジュース瓶を二本と財布から千円札と十円玉と百円玉を取り出し、横に置いてあった長机に並べた。
 緊張で指先を震わせながら統は千円札を横に折り曲げて置き、十円玉を透かし部分に置こうとする。その様子を見て有馬はリラに耳打ちした。
「リラさん、もしミスしそうだったら能力使って助けてあげて下さい」
「ええの? 使って」
「いいですよ。ここでミスられたら幸先悪いどころじゃないですから。でも本番は、あの三人には使わないで下さい」
 リラはオッケーと指を丸め、有馬に向ける。
 統はお札の上に十円玉を置くことをぎこちなくも成功させ、次の芸に移るため瓶を立て、口元にお札を挟み、その上に口を下に向けた瓶を置く。大きく息を吸い、お札を指先で持ちピンと張らせ、張った部分を人差し指で下に弾く。瓶は倒れずお札が抜き取られる。そして最難関と思われる百円玉の上に瓶を斜めにして立たせる技も、難なく成し遂げた。
 瞬間、三人が拍手を送る。すっげーと感嘆し、ありがとうと統に寄っていく。
「委員長のがんばりを無駄にしないように僕も頑張るから……今までありがとう」
 青戸のその言葉に感情が揺らいだのか、統は制服の袖で目元を拭った。
「リラさんありがとうございます」
「あたしはなんもしてないよ。ノーミスやで」
 その言葉をきいて有馬は小さく笑い、ありがとうと統に手を差し出した。統の手は震えていてとても熱く、汗ばんでいて、やっぱり有馬は笑いが止まらなかった。

 緞帳が上がり、舞台を照明が照らす。
 舞台の中央辺りに黒い布をかけた机が二つ置かれ、その後ろに長机も置いてあり、上にはジュース瓶が二〇本ほど並べられている。
 上手には押上の友人が数人、下手には有馬とリラとひきこもり連中が舞台袖で息をひそめる。統はというと司会を買って出て、マイク片手に舞台でスピーチのように堅苦しい挨拶を始め、それをうんざりとした表情で、これから戦う押上と立石が机の前で見つめる。
 そして統が両者にじゃんけんをさせ、有馬達のチームが先攻となった。片方が成功し、、もう片方が失敗した次点で負け。サッカーのペナルティキックの延長戦と同じ要領だ。
 いざ勝負が始まると、さっきまでの表情を消し、引き締まった表情でお札を丁寧にきっちりと折り、慎重に透かし部分に十円玉が置く。その瞬間小さな声が上がる。押上も負けじとこなれた手つきで成功させる。
 四ツ木と青戸は舞台袖ギリギリまで行き、力を送るような必死さで立石を見つめる。
その三歩後ろ辺りでいたリラは有馬に小さな声で話しかけた。
「ごめんやで有馬。姿消した方がいいと思ったんやけど、あたしもおった方があの子らの不安なくなるかなと思って消さんかったんやけど……最後やからまけてくれる?」
 そんなリラの言訳に有馬は笑みをこぼす。
「知ってますよ、リラさん」
 何が? と焦りと戸惑いを含んだ表情でリラは有馬を見つめる。
「もう能力はほとんど底をついているんですよね。だから静電気のような電力しか出せないし体も消せない、でしょ?」
「何で知ってるん? 誰にきいたん?」
 リラの声と被って会場にわずかな歓声が上がる。舞台上で大きく手を上げる立石の様子からすると、まず先勝のようだ。舞台袖にいた二人と立石はハイタッチをすると入れ替わるようにして四ツ木が舞台に移動する。そして瓶を立て、準備に入る。
「和勝です。あいつが色々調べてくれました」
 感情を込めず言う有馬とは対照的に、リラの目元は徐々に赤く腫れていく。
「ずっと思ってたけど、有馬ってあたしのこと……信用してないやろ。全然頼ってもくれへんし、ただ命を救う便利屋さんとしか思ってへんのやろ。だからあたしにはあっちの世界のこと訊いてくれへんのよね。嘘つくかもせえへんと思ってるから」
「やっぱり馬鹿ですね、リラさんは」
 震えるリラの肩に有馬はそっと手を添えた。
「こんなこと言うとあれですけど。あんまり関わると、さ、寂しくなるからですよ」
 リラはハッとして有馬の顔を見る。その視線は舞台に向けられている。
「俺なんて見てないであいつらを見てやって下さい。ほら、負けてしまいました」
 とぼとぼと項垂れながらこちらに戻ってくる四ツ木。申し訳なさそうな顔で有馬を一瞥する。有馬は気にするな、まだ青戸が残ってると励ます。
 その青戸は顔色が悪く、万全の状態とは言えないまま舞台に上がる。額には秋だと言うのに汗が滲んでいる。となると手も濡れているだろう。百円玉の上に瓶を乗せる器用な作業にはとても不利だ。
「それとリラさん、もうそろそろお別れですが、恐らく俺が舞台に上がると何らかの事故が起こると思います」
「何でなん?」
「リラさんとの距離が離れるからです。約五メートルほどですかね。そんなこと今まであまりないですよね。そして、きっと俺の命を狙っている異世界人はこの学校に通っている。ならこのチャンスを逃すはずがありません」
「じゃあ、頑張って有馬を助けたらええねんな」
 そうですね、と有馬は頷き、もうひとつと指を人差し指を上げた。
「俺はずっと舞台上から変わった行動をする奴がいないか見ておきますので……もし無事だったらリラさんの気持ちをそいつにぶつけましょう。並行世界をつなぐのは間違いだと」
 有馬がリラに右手を差し出す。リラはそれを力強く握った。
 体育館にまた歓声が沸く。青戸はホッと息をつき、満足そうな表情で舞台裏にむかって歩き、有馬の前で立ち止まった。
「あとは有馬が勝ったら終わりだよ」
「任せとけ。その前に、勝ったら俺の頼み事をきいて欲しい」
「どういうの?」
「ひきこもり連中がまだ学校にいるだろ。別に登校なんてさせなくていい。俺も学校に来る意味なんてわからないからな。でもひきこもりって一人だから寂しいだろ? だからそう言う奴らと遊んだり関わったりして欲しいんだ。お前らならひきこもりの気持ちもわかると思って。……いいか?」
「いいよ、そのかわり勝ったらね」
 青戸は悪戯な笑みを浮かべ、舞台の方を手で示した。
「ではラストマッチ! 有馬と押上の三本勝負です」
 張り切りすぎてうわずった声を出す統の声を聞きながら、有馬は舞台に向かう。
 舞台上から生徒側を見ると、雑談や舞台に背を向ける者。それほど注目されていないことがわかった。休憩時間中と言うこともあり、さらに遠くからでは何をしているのかわからない小技ばかり。これは文化祭のステージとしては失敗だな、と有馬は鼻で笑う。
「何笑ってんだよ? 真剣勝負だからな」
「もちろん」
 二人のやり取りをよそに、統はルールの説明を始めた。
 先ほどと同じように失敗すれば負けだが、今回は芸が三種あるので、先に二勝した方が勝ちとなる。が、もし有馬が勝負に負けた場合、総合で二対二の同点となってしまう。その場合は有馬と押上の延長戦が行われる。といった内容を統がくどくどと説明し、観ている生徒達はだれ始める。これも客が減る理由か、と有馬は嘆息する。
 じゃんけんは押上が勝ち、有馬は後攻となった。
 押上は千円札の上に十円を乗せることが得意なようだったが、特異な瞳を持つ有馬も負けてはいない。何度も自分がスナック芸をしている動画を撮り、その瞳の持つ抜群の記憶力で修正に修正を重ねてきた。
 一二回目でやっと押上がミス。有馬はそのプレッシャーに難なく打ち勝ち、綺麗にお札の中央に十円玉を置いた。
 先勝、と心で呟くと同時に、まだ異世界人が攻撃を仕掛けてこないのかと不安になる。自分の思い違いか、と息をついたその時だった。
 頭上から金属のすり切れる音がし、視線を上げると照明器具が不気味に揺れていた。有馬はすぐそばにいる押上が巻き込まれるかもしれないと思い、突き飛ばす。体が大きいからか、有馬が非力なのか、思ったよりも離せなかったが、ギリギリ被害が及ばない程度の距離を取れた瞬間だった。
 大きな物音が有馬の頭上に響く。けれど視線を向けてはならない。この広い体育館を見渡し、異変を探さなくてはならないのだから。
 更に大きな音がすると同時にリラが有馬に駆け寄る。照明器具が有馬の頭上に落下する。
 その時だった。有馬の瞳にはこの場にいるはずのない生徒が一点にこちらを見つめているのが見えた。
 息をのむ有馬をリラが抱きかかえ、上手の方に突っ込んで行く。
 有馬がいた位置には落下した照明器具が舞台の床に大きな傷をつけ、そこにもし人間がいたならと思うと絶句してしまう。観ていた生徒達は騒ぎ声を上げる。落下した照明器具のそばにいる押上はどうなってんだと周りを見渡す。青戸と四ツ木と立石は驚きでその場から動けず、統はマイク越しに落ち着かせようと生徒を促す。
「ちょっと有馬、どこいくん?」
 リラの腕の中から抜け出し、有馬は段上を飛び降り駆け出した。その目線の延長線上には混乱に乗じて体育館を出て行こうとする彼の姿が映っていた。

第19話


 翌日の昼休み。有馬は二年棟に向かっていた。二日ぶりに登校したと和勝からメールが入ったからだ。いつもこちらの教室まで来てもらっているから、たまには迎えに行こうと有馬は気遣ったのだ。
 しかしそんな気遣いも虚しく、教室に入り和勝の机を見ると姿が見えない。教室内を見渡してもいない。行き違ったのかな? と思いつつも有馬は近くにいた男子生徒に声をかけた。
「和勝ってどこに行ったか知ってる?」
 白ご飯を口に運ぼうとしていたその生徒は、弁当にご飯を戻し、少し面倒そうな顔で答えた。
「あいつなら多分自販機ですよ。休憩時間には絶対寄りますから」
「そうなのか? ありがとう」
 昼休みに絶対に寄るのならまだ理解できるのだが、休憩時間ごとに自販機に寄るなんて暇の弄び方を間違えているだろうと、首を傾げながら有馬は二年棟の自販機に向かった。
 自販機を見ると、和勝の姿が見えた。それが有馬の瞳に映った瞬間、運動会の全体練習日の休憩時間、自販機の横に持たれ膨れっ面を浮かべていた唯賀の姿を思い出した。
 もしかすると唯賀は休憩時間になると和勝が自販機に来ると知っていたのかもしれない。そこで時間があれば和勝を待ち、声もかけられずそっぽを向く唯賀の姿を有馬は簡単に想像でき、少し表情が緩む。
 有馬は自販機のおつり取出し口に手を伸ばす和勝に声をかけた。
「よう、和勝」
 突然声をかけられ驚いたのか、和勝は素早く有馬の方を向き、目を大きく見開く。
「有馬さんですか。いつもこちらから向かっていたので、そちらから来ると思ってませんでした。少し驚きました」
「悪いな。こっちもいつも来てもらって悪いと思ったから」
「そんな気遣いはいらないですよ」
 やんわりと断る和勝の手にはジュースが持たれていない。おつりの取出し口に手を入れていたのだから、購入したと思ったのだが違ったようだ。
「ジュース買わなかったのか? 何か買ったと思ったんだけど」
「ええ、相変わらずいい物がありませんから」
「じゃあなんで休み時間ごとに自販機にくるんだ? お前のクラスの奴が言ってたけど」
「そんなの暇つぶしに決まってるじゃないですか。さあ、早く中庭に行きましょう」
 和勝は明るい表情をして、二年棟の出入り口へと駆けて行った。

 中庭の木陰で芝生の上に座り、弁当箱を広げる有馬と和勝のいつもと変わらない昼休みの光景。しかし今日はその光景に一人足りない。
「あれ? 統さんはどうしたんですか」
 コンビニ弁当のからあげをつまみながら和勝は訊ねた。
 有馬が呼ばなくても時間が経てばこの場所に姿を現すはずの統の姿が見えないことを気にしたのだろう。
「あいつは風邪をひいて休んでるよ」
「へえ、統さんでも風邪をひくんですね」
 和勝の言葉からは嫌味は感じられず、ただ本当にびっくりしたという感じが伝わる。
 有馬は弁当を平らげお茶を飲みのどを潤してから、和勝に声をかけた。
「他に異世界の情報って手に入った?」
 まだ食べている途中だった和勝だが、箸を置き、瞳を輝かせ有馬を見つめた。
「待ってましたよ、その言葉」
 そう言ってポケットからメモ帳を取り出し、書かれた内容を読み上げ始めた。
「これは結構重大なポイントですよ。なんと異星人は四九日連続でこの世界にいることが不可能だそうです」
 四九日。それは異世界人がこちらの世界の人間の命を狙う期間と同一だ。
「どうして無理なんだ?」
「簡単なことです。異世界とこの世界とは存在が違います。異世界には超能力があり、こちらの世界にはあると言えばありますが、異世界と比べれば微少で微力です。なぜ異世界人は異世界と同じようにこちらの世界で能力を供給できないのかという理由は宇宙にあります。原子を造り、数多輝く星達を創造した宇宙が、異世界の能力を受け入れないのです。同一の世界にしない為に」
「えっ、宇宙って神様なの?」
 その質問に和勝は笑って答える。
「いえ、これは書物に書いてあった異世界の話ですから、僕らの世界と同じにしてはいけませんよ。確かに有馬さんの言う通り、異世界人は宇宙が存在する全てを創造したと考えていますので、僕らの世界で言う神様と同じように捉えていると言っても間違いじゃないでしょうね」
 そう言って和勝は次のページをめくる。
「簡単に言えば、あちらの世界が陸で、こちらの世界が海だと認識すればいいですね。あちらの世界の人は肺呼吸しかできないので、息が続くまでしか水中にしかいられない。そう考えて下さい」
「おお、なるほどね。その息ができる期間が四九日と言うわけか」
「そうです。でも多少前後します。能力を使ったか使っていないかで。それは水中で泳ぐか潜るだけかの違いと同じですね」
 水中で体力を使えば使う程、息は続かなくなる。それと同様、異世界人がこちらで能力を使えば使う程、こちらの世界にいられなくなる、そういう理論だ。
「能力が使えるうちに異世界人は異世界に帰らないと帰れなくなります」
「どうしてだ? 時空の穴的な物が空いているんだからそこに入れば良いだけだろ?」
「なら有馬さんはそこに入れると思いますか?」
「そうなると大問題だよな」
 その通り、と和勝は頷く。
「なので、穴をあけた人がこちらの世界の人間を入れないようにフィルターをかけるのです。そのフィルターを通る基準が超能力を持つかどうかなのです。なのでこちらの世界で能力を使いきってしまった方は、異世界に戻って能力の補充をすることもできない、永久に無能力者」
「ただの人間ってことか」
「ええ、ただの人間があちらの世界に行くことなどできませんので、一生こちらの世界の住人となるのです」
 その言葉に有馬の背筋が凍った。
 リラはこちらの世界にきてそろそろ四〇日が経過する。その間に様々な能力を使ってきたのでかなり消費されているはずだ。そうなると能力を微弱になり有馬の命を救うことが難しくなる。それだけではなく、リラ自身も故郷へ帰れなくなる可能性だってある。
 有馬は自分の為にリラが犠牲になるのではないかと不安になり、必死な思いでどこか抜け道がないかと考えた。
「フィルターがかかっていない場合ってのはないのか、密入国者的な感じで」
「密入国、つまり密入界者がいることは書物に書いていました。が、こちらの世界に行くには異世界の偉い方の許可が必要となるのです。その許可を得ないで、穴をあけた方だけに承諾を得てこちらの世界にくる、と言う方法しか書物には書かれていないので、おそらく穴は限定されているか厳重に管理されているのでしょう。なのでフィルターがない場所はないかと思われます」
「そ、そうか」
 有馬は力なく答え、青空を見つめた。
 自分が死ぬか、リラが帰れなくなるか。その選択肢は酷く虚しい物で、どちらも選びたくはないが、有馬は何があっても自分の命は選択しないでいようと誓った。
 俺が死んでも立石と四ツ木と青戸の借金をリラなら、別の方法でどうにかしてくれるだろうし。
 ふう、と大きなため息をして有馬は項垂れた。

 放課後、有馬とリラは昨日の約束通り、青戸の部屋にいた。
 しかし部屋の空気はどんよりし、さあやるぞ、という活気が微塵も感じられない。
 中だるみならまだ理解はできるが、今日は有馬を含めた四人の合同練習初日だ。緊張をしているというのならまだわかるが、彼らは明らかにそうではない。表情が物語っている。
「なあ、どうしてそんな不貞腐れてるんだ、一昨日は結構やる気だったろ?」
 彼らが何故不機嫌なのかある程度の察しはついていたが、コミュニケーションをとることも必要だと有馬は思い、わざと訊ねる。
 立石と四ツ木はムスッとしたまま答えなかったが、青戸は有馬とここ数日の関わりがあるからか口を開いた。
「僕らはちゃんと練習してたんだ。でも中々上達しなくて……だから息抜きにゲームをすることにしたんだけど、そこでタイミング良く委員長がきて文句言ったんだよ。あいつ自分は参加しないからこの手品がどれだけ難しいかわかんないんだよ」
「そうそう、あいつは熱血教育実習生かよ」
 四ツ木はわけのわからぬ例えをして続ける。
「俺たちのことなんにも考えてないんだよ委員長は。自分の手柄だけ考えて。じゃないとあんな頭ごなしに怒ったりしねー」
 その言葉を聞いて有馬はつい笑ってしまう。それが気に食わない立石は有馬をキツく睨みつけた。
「何だよ笑いやがって。こっちはマジムカついてんだぞ。しかも委員長きてないしさ、気まずいから逃げたのか」
「いやいや、あまりにもお前らが上辺だけしか見れてないからさ。笑ってしまったんだ」
「どういう意味だ?」
「青戸はさっき、統は手品をしないから気持ちがわかんないと言ったな。四ツ木は自分のことしか考えてないと言ったな。立石は統が昨日のことを気にして来ていないと言ったな。それがわかってないって言ってんだよ」
 笑みを消し、冷めた目で有馬は三人を見回した。
「確かにあいつが怒鳴ったのは間違いだったと思う。でもさ、わかってやってくれよ。統はステージに出れない。ならどうやってお前らのためになろうかって考えて、その結果寝ないで手品の練習をしてたんだ。少しでもコツを掴んでそれをお前らに伝えれたらって……そんなこと自分の利益しか考えてない奴ができるわけないだろ。そのお陰で今日は寝込んだんだ、滅多に風邪なんてひかないのに。これでもあいつの怒りを理解できないか? ゲームをできる元気があるなら、練習しろ。本当に疲れたんなら体を休めればいいんだ。違うか?」
 黙る三人を見渡し、感情を抑えきれなかったことを若干後悔したが、そのマイナス分を取り戻そうと有馬は明るく声をかけた。
「黙ってるってことは反省したんだよな。ならあいつが風邪を治らせて、次来たときに成功できるよう練習しよう。今日は助っ人も呼んだんだからさ」
「そや、あたしも手伝うからがんばろっ」
 中々すぐに空気が変わることはなかったが、青戸と立石と四ツ木は携帯の動画を観つつ指先を動かすことで、徐々に良い方向に変わっていった。
 しかし、それでも時間が経てばテンションは下がる。
「気合いや、気合い。今が九九回目で、次の百回目には成功するかもせえへんやろ」
 リラが皆の気持ちを高めようと元気づけるが、立石が百円の上に瓶を乗せようとして倒れる所を見て、あーっと残念そうな声を上げる。
「リラさん、いちいちうるさい。集中切れちゃいますよ」
「もう切れてるやん」
 あっさりと言ってはならないことを言うリラ。確かにその通りだが、口に出されると休憩時間を求める空気になってしまう。空は月明りを照らし始めたので尚更だ。
 これ以上集中を切らした状態でだらだら手を動かしても疲れるだけだ、と有馬は判断し、手を止め誰がどの手品を担当するか決めることにした。
「もう今日はこの辺でいいだろ。じゃあ立石、四ツ木、青戸。どの手品をしたい?」
 ジュースの瓶を手から離し、立石困った表情で答える。
「どれって言われてもな、成功したのはお札の上に十円玉置く奴くらいだ」
「俺はそれができなかったな。どれも成功できてないけど、強いて言えば瓶ビールの紙を抜く奴はできそうな気がする」
 四ツ木がそう言うと慌てて青戸も声を上げる。
「僕もそれできるよ。でも……四ツ木くんは百円の上に瓶を載せるのは無理だよね」
「ああ、何もしてなくても手が震えるからな。悪いけど」
「じゃあ決まったな。これでしばらく練習しよう。あまりに無理なら交代もアリで」
 目的がハッキリした為か、三人はまた瞳に光が灯されたように思える。すると立石が口を開いた。
「思うんだけど、これってコツとか技術もあるんだろうけど、なにか事前に準備とか成功する秘訣みたいなのがあるんじゃね? ちょっと検索してみるわ」
 立石は青戸のデスクトップ型のパソコンの電源を入れ、インターネットを開いた。
 有馬達はパソコンを囲うようにして画面を見つめる。
「なんて検索すればいいかな? まあ小技、千円札、十円玉で検索してみよ」
 ブラインドタッチで言葉と同時に入力する立石。しかし表示されるのは表計算ソフトの便利な扱い方ばかり。違うか、と呟き、次は小技の部分を手品に変える。
 すると最初の項目に『千円札の上にのる十円玉』とそれらしきものが表示された。素早くマウスを扱いダブルクリック。
「なーんだ、これもハズレかよ」
 表示されたのは押上がやっていた横に折って、中央に乗せる方法ではなく、縦で中央に折り、立たせた状態で十円玉を乗せる方法だった。たしかにこの方法も凄いが、問題はお札の両端を指で握られているところから、これは手品の類ではなく、科学の類なのだろうと思わせる。
 技が似ているだけに、中々ウインドウを戻すことはせずに、何かヒントはないか皆画面を見つめる。
 すると有馬はある点に気付いた。
「二つ折り……。お前らの財布で二つ折りの奴っている?」
「あっ、俺だ」
 返事をしたのは立石だった。そして有馬は確信した。
「やっぱりな。押上も二つ折りで、この中で比較的成功率が高い立石も二つ折りの財布だった」
 そこまで言えばわかるだろう、と有馬は立石に目をやる。
「もしかして札を二つ折りにすることが成功の秘訣?」
 有馬が頷くと四ツ木がなるほど、と声をあげた。
「支える物が一八〇度だと乗せることは難しいけど、少しでも角度がズレれば乗せやすい」
「ああ、その通りだ。極端だけど九〇度の方が乗せやすいだろ? このことに気付かせないでさり気なく二つ折りの財布から、きっちり中央で折ったお札を取り出した押上のテクニックもあるんだけどな」
「やっぱりコツよりもやり方なんだな。じゃあ瓶に挟んだ千円札の抜き取り方も探そうぜ」
 キーボードの軽快な音を響かせ、立石は様々なワードの組み合わせで検索する。しかし中々めぼしい検索結果が表示されない。
「なあなあ、押上の店の名前ってなんだっけ?」
 思いつくキーワードが底をついたのか、新たなワードを求め、立石は有馬に訊ねる。
「たしか、喫茶プッシュアップだ」
「へっ、ネーミングが安直だ」
 軽く笑って立石は『喫茶プッシュアップ 東京』と入力した。
「おっ、でたでた」
 検索結果には喫茶プッシュアップについての情報がたくさん表示された。店の評価やブログでの感想などなど。
「これでどうやって探すんだ?」
「まず押上のやっていることがどういう技なのか調べなきゃ駄目だろ? でも手品じゃないからどんなジャンルかわからない。だからこの日記やら評価を見て、もし客の中で押上がやっていた手品もどきについて詳しい人がいれば色々書いてくれるはずだ。それを探す」
 一〇分程ブログなどを見て回ったが、めぼしい内容は見つからず、仕方なく店のホームページをクリックすることにした。
「店のサイトなんてメニューと定休日くらいだろうな」
 立石は嘆息しながらも表示されたページを眺める。
 太ペンで書かれたような何のデザイン性もない店名がページの真ん中にあり、その周りを黄色い楕円状の物がいくつか置かれ、その中に文字が書かれている。ニュース、メニュー、営業時間、アクセス、問い合わせとここまでは普通のサイトメニューだ。しかし最後の項目が普通の喫茶店と違っていた。
「スナック芸?」
 喫茶店なのにスナック? その矛盾に一同は(リラを除く)首を傾げる。
 興味が惹かれ、クリックしてみると、
「おお、ビンゴ! あの瓶の千円札抜く技のってるぞ」
 そこには数々のスナック芸と呼ばれる物が絵や動画で紹介されていた。その中には押上から教えられた全ての技が載っていた。そしてやり方も。
 瓶から千円札を抜き取る方法は、瓶が倒れない程度に垂れた千円札を指で持ち張ることが大切。百円玉の上に瓶を乗せる方法は、練習あるのみだが、感覚として置ける位置を掴めるはずなので、その感覚を研ぎすませることが大切。とある。そして、
「なになに、スナック芸とは小道具を用いて披露する芸。ただし手品とは違いタネも仕掛けもない。だってさ」
 さらにサイトを観ていくと、あの店はどうやら七時以降はスナックに変わるようだ。そしてその時間になると、押上の父であるマスターが、お客にこのスナック芸を披露するらしい。だから押上は様々なスナック芸を覚えていたのだ。
「なるほどね、携帯じゃ画面が小さいからわかりにくかったけど、パソコンだとわかりやすい」
 立石がそう言うと二人は頷き、URLをチャット先に送るように言った。
「これでどうにかなりそうだな、もしつまずいてもお前らの得意なネットでやり方を探して反復練習を行えば大丈夫だろうし。じゃあそろそろ帰るわ、また明日来るから」
 三人は適当に手を振り有馬とリラを見送った。リラもまたね、と手を振る。
 部屋を出るとリラが強く有馬の手を握った。その行為に驚き、とっさに離せよと口に出そうになったが、リラの不安そうな表情を見ると、言える訳がなかった。
「どうしたんですか、リラさん?」
「うん、最近ホンマにギリギリで、近くにおれる時はなるべくこうやっておきたくて」
 有馬の命を救えるか救えないかの狭間の状況はリラを不安にさせる。傷跡が付く度にその思いは強まっていく。
 もしあの三人に見つかったらどう対処すればいいかわからない有馬は、廊下を早歩きで進み家を出た。
「いきなりですけど、リラさんはここに正式な手続きを踏んできたんですか?」
「全然。あっちとこっちの穴を空ける人が知り合いやったから手伝ってもらったねん」
 ということは、リラは和勝が言ってた密入界者のような存在に当たるわけだ。
「他にはそういう人いないんですか?」
「おるみたいやで、組織で。噂にしか聞いたことないけど、その人らはあっちとこっちをつなぐ人に組織ってわからせる為に、こっちの世界にしかない物を見せるらしい」
 話すうちにリラの表情はいつものように明るく和らいでいく。
「それって何か知ってます?」
「知らん。ありすぎてわかりません。でもなんでそんなこと訊くん?」
 有馬はうつむき、少しだけリラの手を強く握った。
「リラさん最近また傷が増えてるから、密入界してる人達に手伝ってもらってもいいんじゃないかって思って」
 本当は言いたかった。力が消耗されているから、もう僕のことを放っておいて下さい。今ならまだ間に合うと。しかし有馬にそこまでの勇気はなかった。
「あたしやったら大丈夫。まだ元気やし、あと一週間くらいやろ? 安心して有馬」
 健気に微笑むリラを見ていると、本当に大丈夫そうな気がしくるから不思議だ。
「今回のすなっく芸? あたしの能力でちょちょいのちょいやのに」
 本当ですか? と疑うような目をして笑いかける有馬。
「ホンマよ、ほーんーまっ」
 言いながらリラは有馬の手を握りながら大きく前後に振る。
「あんまり無理しないで下さいよ」
 楽しげなリラとは対照的に、悲しげな表情で、秋の夜風に吹かれて消えそうなくらい小さな声で有馬は言った。
小説書き終わったゼイ!

なんとか規定枚数に抑えたよん♪

投稿は週末だから、明日休んでそこから校正しますわん。

自分の思った通りの七割くらいはできたからそこそこ満足だじょ★

この一週間で八割まで上げる為頑張るっす☆

もう書き疲れた……ふう、

ではおやすみんみんZZzz....


もうちょっとだけ。


いつも書いてる最中は早く終われー!
と思っているのですが、終盤は悲しい気持ちになっちゃうのです。

もうこれでこの人物を書くことはなくなるのか……とかそんな感じ。

そして終わった後は夏休みが終えた気分になるのです。

第18話


 二人が向かった先は青戸の自宅だった。
 有馬は青戸に立石と四ツ木を招集するように命じていたのだ。
 この三人はクラスでも仲が良かったらしく、登校拒否を行い自宅にひきこもってからもパソコンのチャットで連絡を取り合っているのだという。そこで有馬は青戸にチャットで呼びかけるように言ったのだけど……はたしてひきこもりが友人の呼びかけひとつで簡単に外出するのか、というところが不安だ。
 チャイムを押し、青戸が出てくるのを待つが反応がない。
「もしかして引きこもりスイッチをまた押してしまったか?」
「いや、そうではない」
 統が指差す方向には二台の自転車。
「ってことはここには来てるんだな」
「間違いないだろう。確かめてみるか?」
 頷くと同時に有馬は門を開き玄関へと進んだ。
 鍵がかかっていると思われた玄関は施錠されておらず、右にスライドさせると開き、脱ぎ散らかった靴が二足目についた。
「やっぱりいるな。でもどこの部屋だろな?」
 このまま入っていいものかと佇んでいると、上の方から笑い声と物音がした。
「行ってみるか統?」
「ああ、クラスメイトだからそう問題にはならないだろう、それに来ると連絡していたのだから」
 有馬は靴を綺麗に脱ぎ、統は散らかった二足と自分の靴を揃えてから玄関正面にある二階に続く階段を上った。
 上るにつれ笑い声と騒ぐ声が大きくなっていく。ひきこもりのわりに随分楽しそうな様子だ。その声が一番漏れる部屋の扉の襖を有馬は開いた。
「よう、青戸。呼び鈴鳴らしてもこないから勝手におじゃまさせてもらったぞ」
 …………。
 反応がなく、テレビゲームをしている三人はさっきまでの和やかな空気を氷結させ、表情もそのままで振り返った。ゲームの派手な爆発音が耳につく。
 立石と四ツ木は顔を合わせ、どういうことだとアイコンタクトをとり、この状況を互いに理解していないことを理解し、ならば青戸か、と青戸に顔を向けた。
「ごめん、言ってなかったよね」
 笑って誤摩化そうとする青戸。二人は立ち上がり、猛然と襲いかかった。
「どういうことだよ! お前が新作のゲーム買ったって言うから来たのに!」
 叫ぶ立石。
「なんで委員長と……」
 四ツ木は言いかけて有馬の顔を見つめる。それに気付いた有馬は口を開く。
「有馬だ」
「有馬がいるんだよ! 騙したのか青戸!」
「そ、そういうわけじゃないんだけど」
「「どういうわけだ!」」
 動揺する青戸を捲し立てる二人。止めないといつまで経っても話が進まないと思い、統が青戸と二人の間に割って入る。
「お前ら少しは落ち着け。僕たちが来ただけで、まだ何をしようともしていないではないか」
 いつも通りの真剣な表情で説得する統に、二人はそれもそうかと納得し座り直した。
「では有馬から僕たちがここに来た理由を説明してもらう」
 有馬は扉から一歩進み、三人の前であぐらを掻いた。
「よろしく、ちゃんと知らないようだから名乗っておく、有馬だ。で、なんで俺たちがお前らを呼んだのかというと――」
 賭けで負ければ有馬が負債の倍を払う。という部分を除き、押上との勝負内容を有馬は告げた。三人はなにも言わず話を聞いていたが、みるみるうちに顔色が青白く変わっていくのがわかった。恐らく口を開けないのだろう。唐突な出来事に。
「な、いい話しだろ? これでお前らの借金はなくなるし、学校にも行ける」
 三人の表情を柔らかくしようと気遣い有馬は明るく声をかけたのだが、
「バカか! ネットサーフィンしかできない俺になんてことを」
 と卑屈に言い返したのは立石。
「器用な真似なんてできないぞっ。まつり縫いもできないのに!」
 とわけのわからぬ例えを出したのは四ツ木。
「文化祭のステージで……そんなの目立ちすぎだよ」
 と行う前から緊張する青戸。
 口々に文句を言い、初めから諦めにかかっている三人を見てため息をつく有馬。幸先不安どころの話じゃない。すると隣にいた統が手を二~三度たたき、三人を黙らせた。
「まだ手品を行ったこともないのに諦めてどうする。もしかするとお前達には新しい可能性が秘められているのかもしれないではないか。がんばれ。諦めたらその時点で――」
「その先は言わせない」
 漫画の名台詞を吐こうとした統を有馬が割って入り止めた。理由は鬱陶しいからだ。
「まあ、こんなありきたりなことを統は言ってるけど、それが重要だと思う。これがその手品だ。一度見てくれ。それで納得いかなかったら断ってくれ」
 三人は顔を見合わせゆっくりと頷いた。
「じゃあ、まずはこの技だ」
 有馬は押上の手品もどきの動画を再生し、三人の中央に携帯を置いた。三人は食い入るように画面を見つめる。
 録画をした順に動画を再生していく。
 二本の瓶の口部分を合わせて立て、その間に入れた千円札を抜く技。そして百円玉の上に瓶を斜めに立てる技。と、ここまで再生して有馬は思い出した。
「この動画は後で青戸に送るから、青戸は二人に送ってくれ。で、あと一種類だけど……撮るの忘れた」
 最初に見せてくれた技を録画し忘れたのだ。
 有馬は口で説明するより実践した方が早いと判断し、財布から千円札と十円玉を取り出した。
「すまないが見ていてくれ。成功はできないけど要領はこんな感じだから。この千円札を横で真ん中を折って置いて、この透かし部分に十円玉を置く」
 口で言いながら手を動かすが、その通りにはならない。十円玉は音を立てて転がる。
「どういうことをするかはわかった。でも誰がどれを担当するかって結構問題じゃね? 得意不得意ってあるだろ」
 立石の言う通り人選が問題だ。たった十日で押上より上手にできるようにならないとなると、適正が重要だ。
「そうだな、俺は全部やるから問題ないけど……こういうのはどうだ? 一応全部練習して、明後日またここで見せ合うんだ。そして誰がどの種目に適しているか判断する。それでいいか?」
「そうだな、同じ練習ばかりしていると飽きがくるだろうから」
 有馬の提案を統も受け入れる。三人もそれなりにやる気になったようで顔つきが若干凛々しくなったように思える。
「ではまた明後日、青戸の自宅に集合。がんばって練習しよう。何ができるかではなく、何をすべきなのか、そういう意識が必要だ」
 力強く統が自己啓発本の受け売りを口にし、その場をキレイにまとめた。

 そして一日が経ち、有馬と統は一昨日と同じ青戸家への道のりを歩いていた。
「大丈夫か統? 顔色悪いけど」
 有馬が心配するのも無理はない。眼の回りには濃い紫のくまができている。いつもは真面目に授業に取り組む姿勢もこの二日間は総崩れで、先生に注意されない程度にノートを取り、それ以外はボーッと黒板を眺めている。なんだか自分の姿を見せられているような気分になり、有馬は授業中に何度もため息をついた。
 そんな統だが、空元気な声はどこへやら、ボソッと大丈夫と聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で答える。
「おいおい、まさか学校以外は不眠不休で手品の練習してたんじゃないだろうな?」
 統は小さく頷く。冗談で言ったことが事実だとは。有馬の二の腕に鳥肌が立つ。
「僕は賭けに参加できない。だからせめてコツでも掴んで教えてやろうかと思って」
 有馬は彼の真面目さに驚き、感銘を受けた。いつもは人の為に何かをしようとする彼を小馬鹿にしていたところがあったが、ここまで真剣だと笑えない。逆に尊敬してしまう。
「大丈夫か? 風邪でもひいてあいつらに感染したら元も子もないからなあ」
「ああ、大丈夫。それより僕はお前の方が心配だ」
 唐突に意味深なことを言う統。有馬の体調は一昨日と何も変わらず至って良好。なぜそんなことを言うのかと不思議そうな目で有馬は統を見る。
 すると統は親指で後ろを指した。
「有馬、ずっと尾行されてるぞ。ストーカーか?一昨日もちらちらと見かけたのだが、今日はずっと堂々と後ろを着いて来ているぞ」
 もしかして。悪い予感しかしない有馬はゆっくりとその指先を辿った。すると延長線上で彼女と眼が合い、笑いかけられる。
「ちょっと先に行っててくれ。すぐ戻る」
「それはいいが、彼女は誰だ?」
「俺の従姉だ」
 適当な嘘をついてゆったりと歩くリラに有馬は駆け寄り、すぐさま声を荒げる。
「何してんですかリラさん! 俺に付きまとう時はちゃんと姿を消して下さい。周りから怪しまれるのはリラさんですよ」
「あっれ? 消えてへんかったん? ごめんごめん、ミスったわ」
 いつもよりヘラヘラ感が三割増しなのでわざとじゃないか、と怪しむ有馬だが、もしかすると青戸のことが気がかりだったから姿を現したのではないかと勘ぐり、青戸の家にリラを誘うことにした。
「いきなり行ってもええのかな?」 
 ひきこもりと言う連中は人見知りをする可能性が高い。しかし今日は鍛えた技を見せ合いう日だ。本番は何百人の視線を集めた中で披露するのだから、知らない人が一人見ているだけで失敗しているようじゃダメだ。そう有馬は判断し、リラを同行させることにした。

 青戸の家に着きチャイムを鳴らすが、二日前と同じように返事がない。
 先に統が向かっているのだから家に上がってもかまわないだろうと、有馬はリラを連れ、門をくぐった。玄関の扉を開くと統の靴がキレイにそろって並べらていたので、おじゃましますと一言、リラも続けて言って二階に向かう。
 階段を上り終え、二階に着いた瞬間、統の声が聞こえた。それは談笑の感じではなく、強い怒り。
「どうしたんかな?」
 心配そうにリラは有馬に訊ねるが、答えている場合ではないと有馬は駆け足で部屋に向かい、ふすまを開いた。
 そこにはゲーム機のコンセントを引き抜き、叩き付ける統の姿があった。
「おい、統。なにしてんだよ」
 たまらず有馬も怒声を浴びせる。瞬間、ビクッと肩が震えた。
「あ、有馬。すまん」
 正気に戻ったのか、統は暗い顔をして部屋を出て行こうと有馬の横をすれ違う。
「ちょっと待て。何があった?」
「すまない、今は説明したい気分ではない」
 肩に伸びる有馬の手を統は弾き、足早に階段を降りて行く。
 熱血漢の統だが、人に対し怒りをぶつけることは少ない。その彼が尋常じゃない感情の昂りを見せている。
「お前ら、統に何した? リラさんは統を見失わない程度に距離を保って追いかけて」
「ほいよ」
 有馬の指示に従いリラは部屋を出て行く。そして有馬は三人を左から順に見据えた。
 有馬の瞳からはまだ変化は伺えない。けれど三人は酷くおびえた表情をしている。
「説明してくれ。あいつがあんなに怒るところは初めて見た」
「い、息抜きに……ゲーム……してたんだよ。ただ、それだけだよ」
 恐怖しているのか、とぎれとぎれに説明をする青戸。
「なるほどね」
 有馬はそう言って背中を向ける。
「また明日来るから、そんときまでに成果見せれるようにがんばれ」
 文句のひとつくらい言ってやりたい有馬だったが適当に挨拶をすませる。今は彼らよりも統が心配なので後を追った。
 家を出ると、有馬の右手に静電気が走った。もしかしてリラが誘導しているのかも知れないと思い、有馬は右に曲がった。そして曲がり角に出るたびに、額、左手、右手のどれかに静電気が伝う。額に静電気が伝った場合、どこを行けばいいのか少し迷ったが、正面と言うことだろうと判断し、十字路を突っ切る。
 一五分程駆け足で進むと、河川敷に辿り着いた。左右を見渡し、リラか統がいないか確認する。
 緑の芝生が広がる広場は橙の夕陽に色づき、吹く風は夜を運び少し冷たい。川沿いの道路ではランニングする初老のおじいさんや犬の散歩をする子供。帰路を目指し自転車を漕ぐサラリーマンや学生。色々な人達が行き交う。
 それらを眼で追う有馬は少し先にある誰もいない野球のグラウンドのベンチに座る統らしき人を見かけた。その近くではネットに隠れながら統の様子をうかがい、有馬の方に手を振るリラの姿が見える。器用な奴だな、と有馬は笑みを浮かべながらリラに駆け寄る。
「有馬、あそこにおるで」
 そう言ってリラはベンチを指差す。
「ええ、リラさんのお陰です。ところで力のコントロールが上手ですね。静電気なんて微力を上手に使うなんて」
「あたしは大か小しか調整できへんからね」
 苦笑いを浮かべ、舌を出すリラ。
「それより早く行ってあげて。見た感じ落ち込んでるから」
「ええ、そうですね。結構やばい状態かも」
 有馬の眼には特殊な瞳にはまた映っていた。統の顔の周りにシャボン玉のような物が被い、しかも今回は三重四重されている。
「このままじゃダークサイドに落ちてしまうかもな」
「どういう意味?」 
 リラの質問を笑ってごまかし、有馬は統の元に向かい、ベンチの空いた部分に腰を降ろした。
「どうした? 統らしくないじゃないか。感情的になるなんて」
 項垂れた統は頭を抱え、大きくため息をついてから口を開いた。
「すまない、また過ちを犯してしまった。しかしあいつらもあいつらだ」
 そう言って統は右手をぐっと握る。
「再び学校に行ける可能性があるというのに、ろくに努力もせず、諦めよって。あいつら、僕が来たときテレビゲームをしていたんだぞっ。練習は? と訊いたらあんなのできるわけないと言って、更に頑張るくらいならこうやって遊んでる方がいいと言ったんだ。あの馬鹿共」
「落ち着け、統」
 怒りで体を震わせる統は、その声を聞いて徐々に振動を抑えていく。
「悪い。ただ可能性が残っていると言うのにそれを無下にするのが許せなくて」
「あいつらにはあいつらなりの生き方というか考えがあるんだよ、良い悪い関係なく。それを変えるのは難しいさ。でも変えるのに一週間とちょっとしかないんだから、俺たちがあいつらを理解しようとしないと駄目だろ?」
 統は大きく息を吐き、川の方に視線を向けた。
「わかっているが……わかってないんだよ」
「もしかしてもう一人の登校拒否の子がそうさせてるのか?」
 瞬間、統を被っていたシャボン玉のような物が、すーっと幕を下ろすように上から下にひとつ消えていった。
「そうだろうな。有馬にはいつか事情を説明しなくてはと思っていたのだが、今の僕の精神では残念ながら無理だ。また……明日にでも話す、すまないな」
 そう言うと統はゆっくりと立ち上がった。
「帰るのか? なら一緒に」
「考え事をしたいんだ。一人で帰らしてくれ」
 優しい口調に似合わない重く切ない背中を見て、有馬はそれ以上声をかけることができなかった。いつもの有り余る自信をこの日の為に貯めておけよ、と有馬はため息をつき、夕陽を眺めた。視線の端に映る川が橙にきらめく。
 この問題がまだ始まっていないことに有馬は気付き、更に深くため息をつく。すると後ろから幸せが逃げるで、とありきたりなアドバイスをする声が聞こえたので、再び深いため息をついた。