第4話 剥製
「そんなの僕が決めれないよ」
即決で断られた。
13時から始まった貸本屋でのアルバイト。2時間レジを担当した後、返却された本を元の場所に戻す作業を行いながら、ついでに口を動かし、同じ作業を行う寺田に眞瀬の考えた計画を伝え、いい女はいないかと問いかけたところこの有様だ。少し怒っているようにも見える。
「人を試すようなことは良くないよ……でもそれで双方がスッキリするならいいと思うけど」
「するさ。もしこの計画がバレても、ちゃんと説明すればわかってくれるよ。あいつなら」
実際のところ、許してくれるかどうかは微妙だけど、寺田に美少女情報を聞くには言いくるめるしかないからな。許せ、寺田。
「うーん、もう付き合っちゃえばいいのに。田端さん、結構いいと思うよ」
寺田は漫画本を棚に戻しながら、何気なく恐ろしいことを言ってくれる。
「例えばどういうところがいいんだ、あいつの」
また「うーん」とうなり手を止め、顎をさわってからしばらく考えた後、「身長も160手前くらいでいい感じだし、太ってるでもなく痩せすぎでもないスタイル」
「何の特徴もないと言えるよな」
それなら眞瀬の150にも満たないミクロサイズの方が、極端だが需要はあるように思える。蒼圉はパスだけど。
「顔も結構よくない? 男らしい凛々しさがあるよ。きっと大人になれば魅力的になるよ。それにツンデレでツインテールだし」
最後の部分は理解できない語句なので無視をして、そう言えば確かに瑞希の顔は父親似だ。キリッとした鋭い眼光がよく似ている。でも女性に男らしいと褒め言葉は存在しないだろう。男にかわいいと言ってるようなものだ。
「艶のいい黒髪だけは褒めてやるとして……もう瑞希の話しはいいだろ。そろそろ本題だ。うちのクラスにどんな男でも惚れそうな女子はいるか? いやクラスは限定しない」
「いるよ。というか本当そういうことに疎いよね、疎すぎる。だってうちのクラスには校内ナンバーワンがいるんだよ」
それは凄まじい程の偶然だ。金のエンゼルを手にするくらいの確率かもしれない。
「それは丁度いい、名前は何て言うんだ?」
「神田桜子」
「子が余計だな」
蒼圉の言葉にくっと小さく寺田は笑い、その笑いで止めていた手に気付いたのか、再び動かし始める。買い物カゴに詰まった本を取り出し、棚に並べ、取り出し、並べを繰り返す。蒼圉もそろそろ雑談を切り上げないと時給分働けないなと感じ、手を動かす。
「あとでまた発案者の眞瀬に電話してみるわ」
神田桜子がどのような性格で、どのような容姿をしているか、写真も含め確認する必要があるからな。
「そうだね。上がり7時でしょ? 僕はみっちり8時間労働だから、あとでメールか電話するよ」
校内一の美少女、神田桜子。
といっても、人口十数万の都市にある、学力普通程度の市立高校だ。町中を歩き二度見されれば十分のレベルだろう。見た瞬間剥製にしておきたいと言うレベルでは間違ってもないはずだ。と、思いながらも蒼圉は期待に胸を膨らませていた。憂鬱だったバイト残り4時間もそうではなくなり、ついつい仕事に力が入ってしまう。集中すれば時が速くすぎるのは、何も遊びや勉強に限ったことではなく、バイトも同じだ。
いつもの半分くらいの体感速度でバイト終了時刻を迎え、意気揚々とタイムカードを押し、店長その他寺田を含め店員に別れの挨拶をし、時折「今からデート? 機嫌いいよね」と言われ「いやいや、テスト終わったからっすよ」と上機嫌で返答し、店を出ると、目の前に小学生がいた。
「小学生ちゃうわ、ボケ。高校二年の一六歳や!」
7月半ばの、夏を迎えた夜の風は梅雨の名残を含み、肌にまとわり付き鬱陶しさを感じさせる。空はまだ暗くなりきれず中途半端。だけど月だけは威光を届けてくれる。それだけが夏の夜の報いだ。
蒼圉は店の自転車置き場に止めていたママチャリにまたがり、勢い良くこぎ出す。近くで子供が喚き散らしているが、蒼圉には関係のないことだ。一瞥もせず横を通り過ぎる。
わけにはいかなかった。
その小学生は蒼圉が横切ると同時に、まるでアクション映画に出てくるワンシーンを思い出させるよう華麗に蒼圉のママチャリの荷台に飛び乗った。平和な街中で派手なスタントは不釣り合いだ。奇妙さすら感じられる。
「あんたシカトとかありえへんでホンマ」
荷台に飛び乗った眞瀬はわざと蒼圉の耳元で大声を出す。
「あれだけ無視しているのにそれでも関わってくるお前の方がありえん」
口を尖らせて蒼圉が言うと、中々のGを持つパンチが脇腹をとらえた。「痛い」と言う間もなく眞瀬が高慢ちきな口調で言う。
「折角うちが神田桜子の写真を用意したったのにそんな態度でええんか?」
「えっ!」と言う声と同時に、驚きで蒼圉は急ブレーキをしてしまった。おかげで眞瀬の頭突きを背中に食らってしまった。けれど、驚くことは当然だ。まだ蒼圉は好意を寄せる人物を神田桜子だと眞瀬に伝えていないからだ。
「何で俺が神田桜子に決めたって知ってるんだ? さてはストーカーか? バイト中に寺田との会話を盗み聞きしてたとか」
「んなアホな。うちの職業は何やった? 言うてみ」
振り返ると鼻を伸ばしきった眞瀬が胸を張っていた。
「……小学生」
再び脇腹に右ブローが炸裂する。さっきのようにふいではなかったので咄嗟に腹筋を引き締めたが、それでも中々痛い。次ふざけるようなら右アッパーが炸裂しそうなので、大人しく質問に答える。
「占い師だろ?」
「そうや、だからあんたが誰をターゲットにするかくらいお見通しや」
「占い師の勘って奴か?」
「そんなもんに勘を発揮するまでもないわ。うちの学校で一番容姿がええのは神田桜子。で、誰がええかと聞かれれば99%あの子の名前口にするわ、愚かなうちの高校の男子やったら」
「残りの1%は?」
「好きやけど好きって言われへん天の邪鬼なガキや」
なるほどと頷き、蒼圉は自転車を駅に向かってこぎ出した。
「眞瀬ってこの辺じゃないだろ? 駅まで送ってやる」
服装も制服のままだし、カバンも肩に提げたままだ。ということは一度家に帰って、再び学校があるこの街まで戻ってくるのが面倒な距離なのだろう。
「当然や。それだけやったら足りへんから駅前の自販機でナタデココジュースおごりや」
「そこまでしなきゃ駄目か? なら蹴ってでも降ろす」
蒼圉が強く言うと、眞瀬はスカートのポケットから取り出したのか、一枚の写真を僕の目の前にひらひらとかざす。
「さっき言うたやろ、記憶力ないな。これは桜子の写真や。言っとくけど、この写真をこの地区で売ったら軽く夏目さんが2枚は貰えるな。それをあんたにあげるってうちは言うてんねん」
……確かに学内一の美少女の写真ならそれくらいの価格はするだろう。ということは用済みになって売れば……ナタデココをおごるだけで二時間分の時給を得られる計算だ。
「ありがたくナタデココを贈呈させて頂きます」
「よろしい。ほなもっと飛ばせ! 汗が吹き飛ぶ程に、でもうちにかかったらボディーブローやから覚えときや」
駅前につく頃には蒼圉の横っ腹は赤く晴れ上がり、おまけに肩で息をする程の体力消耗っぷりだった。ボディーブローが体力を減らす為のパンチだと気付いたのは自転車を止め、自販機に小銭を入れてからだった。
ナタデココを一気飲みする眞瀬の手から蒼圉は写真を取り、しばらく眺めた。
恐らくどこかの公園で座っているところを撮影されたのだろう。緑の草木をバックにして、胸から上という細かく顔を確認できる程の大きさで、制服を着用した神田桜子の姿が写し出されていた。
風で舞いそうなくらい軽い濃い茶色の髪をサイドテールに結んだ髪型。髪の色と同じくらい茶色の瞳は人を引きつける力を持っているように感じられる。そして顔の部品が絶妙なバランスで位置されている。間違いなく美少女だ。制服さえ着ていなければ二〇歳過ぎにも見える。それくらい色気があり魅力もある。しかしその表情には色がない。人形のようだと言えば適切なのだろう。或いはロボットのようだとも言える。季節に風が吹かなければ色を感じられないように、人の顔も表情がなければ色がないのだ。
眞瀬は飲み終わった缶をスチール製だと言うのに握りつぶし、ゴミ箱に放って捨てた。
「桜子はな、地元のフリーペーパーでモデルするくらいスタイルもええねん。あんたと身長変わらんかった気がするわ」
「ほー、そりゃ校内一だわ。いや市内一かもしれないな。ところで神田桜子ってどんな性格してるんだ?」
「それは教えられへんな。先入観を持って接したらろくなことあらへん」
そうだと思うけれど、今は場合が違う。もし瑞希に神田桜子のどこがいいのか、容姿以外を訊ねられれば、答えようがないじゃないか。そうなれば作戦失敗だ。
「教えてくれよ。ヒントでいいからさ。下手すると作戦バレるだろ?」
肩をすくめ溜め息をついてから仕方なさそうに眞瀬は答えた。
「えーっとな。変な奴っていっといたらいけるわ」
そんな適当な……。けどこれ以上眞瀬を問いつめたって何もヒントを出してくれないだろう。出るとすればボディーブローだけだ。
「ほなうちは帰るわ。ナタデココごちそうさん」
くるりと反転し駅の方を向くと軽く手を挙げ去ることを告げ、眞瀬は改札口に向かった。
しばらく蒼圉は自転車にまたがって眞瀬を見ていたが、言い忘れたことを思い出し、自転車から降りて、猛ダッシュで眞瀬に駆け寄り腕を取った。どろっとした鬱陶しそうな目つきで眞瀬は蒼圉を見て足を止めた。
「この作戦さ、神田にも伝えようと思うんだ。だますのは瑞希だけで十分だろ? 神田に何だか悪い気がして」
「悪い気がしてるのにやるんや……。そこまでしてみずきちの気持ちがホンマか知りたいん?」
その言葉を聞き、心臓が握りつぶされたような感覚がして、さらに濃い汗が体中から吹き出るように感じた。
「そりゃ、あれだろ、幼馴染みで兄妹みたいな関係だから、そう言う感情は面倒なんだよ」
すると眞瀬はニヤけ、さらに大笑いし、最後には引き笑いを駅前に響かせて、「好きにしい」と言い、改札を通っていった。
なんだか凄いバカにされた気がして蒼圉は眞瀬にドロップキックを食らわせたくなったが、人がいる駅前で、しかも改札を通った相手に出来る訳がないので、蒼圉は出来る限りの大声で、
「小学生がカッコつけて大人料金で電車乗ってんじゃねー!」
と叫び、一の目を気にしながら自転車をこぎ出し、駅前を離れた。
何故眞瀬はあれほどまでの大笑いをしたのだろう? 蒼圉は不思議で仕方がなく、そして心のどこかで腹も立てていた。特に面白いことを言ってもいないのに笑われると、少し寂しくなる。
自分は何かおかしなことを言っただろうか? それだけを考えながら、蒼圉は自転車を漕いだ。やっぱり夜の風は鬱陶しい、改めて思い直した。
「そんなの僕が決めれないよ」
即決で断られた。
13時から始まった貸本屋でのアルバイト。2時間レジを担当した後、返却された本を元の場所に戻す作業を行いながら、ついでに口を動かし、同じ作業を行う寺田に眞瀬の考えた計画を伝え、いい女はいないかと問いかけたところこの有様だ。少し怒っているようにも見える。
「人を試すようなことは良くないよ……でもそれで双方がスッキリするならいいと思うけど」
「するさ。もしこの計画がバレても、ちゃんと説明すればわかってくれるよ。あいつなら」
実際のところ、許してくれるかどうかは微妙だけど、寺田に美少女情報を聞くには言いくるめるしかないからな。許せ、寺田。
「うーん、もう付き合っちゃえばいいのに。田端さん、結構いいと思うよ」
寺田は漫画本を棚に戻しながら、何気なく恐ろしいことを言ってくれる。
「例えばどういうところがいいんだ、あいつの」
また「うーん」とうなり手を止め、顎をさわってからしばらく考えた後、「身長も160手前くらいでいい感じだし、太ってるでもなく痩せすぎでもないスタイル」
「何の特徴もないと言えるよな」
それなら眞瀬の150にも満たないミクロサイズの方が、極端だが需要はあるように思える。蒼圉はパスだけど。
「顔も結構よくない? 男らしい凛々しさがあるよ。きっと大人になれば魅力的になるよ。それにツンデレでツインテールだし」
最後の部分は理解できない語句なので無視をして、そう言えば確かに瑞希の顔は父親似だ。キリッとした鋭い眼光がよく似ている。でも女性に男らしいと褒め言葉は存在しないだろう。男にかわいいと言ってるようなものだ。
「艶のいい黒髪だけは褒めてやるとして……もう瑞希の話しはいいだろ。そろそろ本題だ。うちのクラスにどんな男でも惚れそうな女子はいるか? いやクラスは限定しない」
「いるよ。というか本当そういうことに疎いよね、疎すぎる。だってうちのクラスには校内ナンバーワンがいるんだよ」
それは凄まじい程の偶然だ。金のエンゼルを手にするくらいの確率かもしれない。
「それは丁度いい、名前は何て言うんだ?」
「神田桜子」
「子が余計だな」
蒼圉の言葉にくっと小さく寺田は笑い、その笑いで止めていた手に気付いたのか、再び動かし始める。買い物カゴに詰まった本を取り出し、棚に並べ、取り出し、並べを繰り返す。蒼圉もそろそろ雑談を切り上げないと時給分働けないなと感じ、手を動かす。
「あとでまた発案者の眞瀬に電話してみるわ」
神田桜子がどのような性格で、どのような容姿をしているか、写真も含め確認する必要があるからな。
「そうだね。上がり7時でしょ? 僕はみっちり8時間労働だから、あとでメールか電話するよ」
校内一の美少女、神田桜子。
といっても、人口十数万の都市にある、学力普通程度の市立高校だ。町中を歩き二度見されれば十分のレベルだろう。見た瞬間剥製にしておきたいと言うレベルでは間違ってもないはずだ。と、思いながらも蒼圉は期待に胸を膨らませていた。憂鬱だったバイト残り4時間もそうではなくなり、ついつい仕事に力が入ってしまう。集中すれば時が速くすぎるのは、何も遊びや勉強に限ったことではなく、バイトも同じだ。
いつもの半分くらいの体感速度でバイト終了時刻を迎え、意気揚々とタイムカードを押し、店長その他寺田を含め店員に別れの挨拶をし、時折「今からデート? 機嫌いいよね」と言われ「いやいや、テスト終わったからっすよ」と上機嫌で返答し、店を出ると、目の前に小学生がいた。
「小学生ちゃうわ、ボケ。高校二年の一六歳や!」
7月半ばの、夏を迎えた夜の風は梅雨の名残を含み、肌にまとわり付き鬱陶しさを感じさせる。空はまだ暗くなりきれず中途半端。だけど月だけは威光を届けてくれる。それだけが夏の夜の報いだ。
蒼圉は店の自転車置き場に止めていたママチャリにまたがり、勢い良くこぎ出す。近くで子供が喚き散らしているが、蒼圉には関係のないことだ。一瞥もせず横を通り過ぎる。
わけにはいかなかった。
その小学生は蒼圉が横切ると同時に、まるでアクション映画に出てくるワンシーンを思い出させるよう華麗に蒼圉のママチャリの荷台に飛び乗った。平和な街中で派手なスタントは不釣り合いだ。奇妙さすら感じられる。
「あんたシカトとかありえへんでホンマ」
荷台に飛び乗った眞瀬はわざと蒼圉の耳元で大声を出す。
「あれだけ無視しているのにそれでも関わってくるお前の方がありえん」
口を尖らせて蒼圉が言うと、中々のGを持つパンチが脇腹をとらえた。「痛い」と言う間もなく眞瀬が高慢ちきな口調で言う。
「折角うちが神田桜子の写真を用意したったのにそんな態度でええんか?」
「えっ!」と言う声と同時に、驚きで蒼圉は急ブレーキをしてしまった。おかげで眞瀬の頭突きを背中に食らってしまった。けれど、驚くことは当然だ。まだ蒼圉は好意を寄せる人物を神田桜子だと眞瀬に伝えていないからだ。
「何で俺が神田桜子に決めたって知ってるんだ? さてはストーカーか? バイト中に寺田との会話を盗み聞きしてたとか」
「んなアホな。うちの職業は何やった? 言うてみ」
振り返ると鼻を伸ばしきった眞瀬が胸を張っていた。
「……小学生」
再び脇腹に右ブローが炸裂する。さっきのようにふいではなかったので咄嗟に腹筋を引き締めたが、それでも中々痛い。次ふざけるようなら右アッパーが炸裂しそうなので、大人しく質問に答える。
「占い師だろ?」
「そうや、だからあんたが誰をターゲットにするかくらいお見通しや」
「占い師の勘って奴か?」
「そんなもんに勘を発揮するまでもないわ。うちの学校で一番容姿がええのは神田桜子。で、誰がええかと聞かれれば99%あの子の名前口にするわ、愚かなうちの高校の男子やったら」
「残りの1%は?」
「好きやけど好きって言われへん天の邪鬼なガキや」
なるほどと頷き、蒼圉は自転車を駅に向かってこぎ出した。
「眞瀬ってこの辺じゃないだろ? 駅まで送ってやる」
服装も制服のままだし、カバンも肩に提げたままだ。ということは一度家に帰って、再び学校があるこの街まで戻ってくるのが面倒な距離なのだろう。
「当然や。それだけやったら足りへんから駅前の自販機でナタデココジュースおごりや」
「そこまでしなきゃ駄目か? なら蹴ってでも降ろす」
蒼圉が強く言うと、眞瀬はスカートのポケットから取り出したのか、一枚の写真を僕の目の前にひらひらとかざす。
「さっき言うたやろ、記憶力ないな。これは桜子の写真や。言っとくけど、この写真をこの地区で売ったら軽く夏目さんが2枚は貰えるな。それをあんたにあげるってうちは言うてんねん」
……確かに学内一の美少女の写真ならそれくらいの価格はするだろう。ということは用済みになって売れば……ナタデココをおごるだけで二時間分の時給を得られる計算だ。
「ありがたくナタデココを贈呈させて頂きます」
「よろしい。ほなもっと飛ばせ! 汗が吹き飛ぶ程に、でもうちにかかったらボディーブローやから覚えときや」
駅前につく頃には蒼圉の横っ腹は赤く晴れ上がり、おまけに肩で息をする程の体力消耗っぷりだった。ボディーブローが体力を減らす為のパンチだと気付いたのは自転車を止め、自販機に小銭を入れてからだった。
ナタデココを一気飲みする眞瀬の手から蒼圉は写真を取り、しばらく眺めた。
恐らくどこかの公園で座っているところを撮影されたのだろう。緑の草木をバックにして、胸から上という細かく顔を確認できる程の大きさで、制服を着用した神田桜子の姿が写し出されていた。
風で舞いそうなくらい軽い濃い茶色の髪をサイドテールに結んだ髪型。髪の色と同じくらい茶色の瞳は人を引きつける力を持っているように感じられる。そして顔の部品が絶妙なバランスで位置されている。間違いなく美少女だ。制服さえ着ていなければ二〇歳過ぎにも見える。それくらい色気があり魅力もある。しかしその表情には色がない。人形のようだと言えば適切なのだろう。或いはロボットのようだとも言える。季節に風が吹かなければ色を感じられないように、人の顔も表情がなければ色がないのだ。
眞瀬は飲み終わった缶をスチール製だと言うのに握りつぶし、ゴミ箱に放って捨てた。
「桜子はな、地元のフリーペーパーでモデルするくらいスタイルもええねん。あんたと身長変わらんかった気がするわ」
「ほー、そりゃ校内一だわ。いや市内一かもしれないな。ところで神田桜子ってどんな性格してるんだ?」
「それは教えられへんな。先入観を持って接したらろくなことあらへん」
そうだと思うけれど、今は場合が違う。もし瑞希に神田桜子のどこがいいのか、容姿以外を訊ねられれば、答えようがないじゃないか。そうなれば作戦失敗だ。
「教えてくれよ。ヒントでいいからさ。下手すると作戦バレるだろ?」
肩をすくめ溜め息をついてから仕方なさそうに眞瀬は答えた。
「えーっとな。変な奴っていっといたらいけるわ」
そんな適当な……。けどこれ以上眞瀬を問いつめたって何もヒントを出してくれないだろう。出るとすればボディーブローだけだ。
「ほなうちは帰るわ。ナタデココごちそうさん」
くるりと反転し駅の方を向くと軽く手を挙げ去ることを告げ、眞瀬は改札口に向かった。
しばらく蒼圉は自転車にまたがって眞瀬を見ていたが、言い忘れたことを思い出し、自転車から降りて、猛ダッシュで眞瀬に駆け寄り腕を取った。どろっとした鬱陶しそうな目つきで眞瀬は蒼圉を見て足を止めた。
「この作戦さ、神田にも伝えようと思うんだ。だますのは瑞希だけで十分だろ? 神田に何だか悪い気がして」
「悪い気がしてるのにやるんや……。そこまでしてみずきちの気持ちがホンマか知りたいん?」
その言葉を聞き、心臓が握りつぶされたような感覚がして、さらに濃い汗が体中から吹き出るように感じた。
「そりゃ、あれだろ、幼馴染みで兄妹みたいな関係だから、そう言う感情は面倒なんだよ」
すると眞瀬はニヤけ、さらに大笑いし、最後には引き笑いを駅前に響かせて、「好きにしい」と言い、改札を通っていった。
なんだか凄いバカにされた気がして蒼圉は眞瀬にドロップキックを食らわせたくなったが、人がいる駅前で、しかも改札を通った相手に出来る訳がないので、蒼圉は出来る限りの大声で、
「小学生がカッコつけて大人料金で電車乗ってんじゃねー!」
と叫び、一の目を気にしながら自転車をこぎ出し、駅前を離れた。
何故眞瀬はあれほどまでの大笑いをしたのだろう? 蒼圉は不思議で仕方がなく、そして心のどこかで腹も立てていた。特に面白いことを言ってもいないのに笑われると、少し寂しくなる。
自分は何かおかしなことを言っただろうか? それだけを考えながら、蒼圉は自転車を漕いだ。やっぱり夜の風は鬱陶しい、改めて思い直した。