第8話 「ミサ」


 2014年6月7日の僕


 僕はいつも日曜日を待ち望み、そして大事にしている。最大の理由は日曜日にスタジアムで行われる超能力者同士の闘技、つまりミサが観られるからだ。けど、この6月7日の日曜日は、いつもの日曜日の3倍以上楽しみだし、また緊張もしている。危うく昨日の夜、レイカにスタジアムに一〇時集合と言うメールを送ることを、忘れたふりをしようとしてしまったぐらいだ。まあ、そんなことできる度胸もないので、二〇分程悩んでからメールを送信したけど。
 にしても、昨日は眠れなかったな……八時間労働したにもかかわらず。
 結局、僕とシフトを交代したはずのカズ先輩は、夕方になっても現れず、店長に訳を聞くと、風邪をこじらせたので、来れないとのことだった。仕方なくその後も働く羽目に。一三時から、休憩一時間貰っての二二時までだったから、実質八時間……パシリも楽じゃないな。
 そんなことを考えながら着替えを済まし、整髪し、歯を磨いていると、インターフォンが鳴った。一体誰だろう? と考えている間に、フローリングを走る足音がした。
 ちっ、鍵をかけとくべきだった。朝からじゃ、テンションについていけないからな。
 誰の?
「うっす、どうだい? 元気かい、パシリ!」
 三佳の。
 僕は歯ブラシを口から出し、口内の歯磨き粉を吐き出す。
「絶対、レイカの前じゃ、その三文字を口にするなよ、頼むから」
「わかってるよ、落ち着けパシリ」
 深い溜め息と共にエクトプラズムまで出てしまいそうになる。
 ああ、なんで僕は三佳という面倒な奴と出会ったのだろう?
 って、考えるまでもないか。
「レイカにマサが起きてるか見てきてって言われたからか来たけど、ほぼ準備万端だね。今レイカ、弁当出来て、着替えてるからもうちょい待ってよ」
「了解」
 僕は口を濯いでから、洗面所に現れた三佳をリビングに案内してから、持ち物の点検をすることにした。
 レイカの奴、遅いな。着替えると言っても、この街じゃファッションの自由はなく、外出時は体操着か制服。部屋では体操着と決まっているから、時間がかかるはずがない。でも、まだ集合時間五分前だから、気にすることはないか。そんなことより、もっと大事なことがある。
「三佳、チケット貰えたのか?」
「うん? 当たり前じゃないですわマサさん、この大和撫子である私にかかれば容易いことよ」
 それはあれか? 大和撫子から貴族を連想しての言葉遣いか? 全く似合ってないからやめておけ、突っ込む気にすらならない。
「確かCの一二番で間違いないっしょ?」
 もう貴族っぽい言葉使いは終わりか。ほんと飽きやすい奴だな。
 ………? 今何て言った?
「今Cの何番って言った?」
「だーかーらー一二番」
 三佳は聞き返す僕にいらだちを覚えたのか、財布からがさつにチケットを取り出して叩き付けるようにテーブルに置いた。手に取り、番号に間違いがないか確認する。
 ここまで間違いであることに可能性を懸けたことがあっただろうか?
「間違いない一二番だ………」
 僕はカバンから二枚チケットを取り出し、意地悪く、三佳の顔に当てる勢いでかざした。
「………あっ、間違えた」
「あっ、間違えたじゃないだろ! 何、間抜けな顔してんだ? ここ大事、ここ一番大事だろ」
 三佳の目元にかざしたチケットをテーブルに置いて、三枚のチケットの席番号を勢い良く指し示す。怒りを込めて。
「それがチケットを貰って来てあげた人に対する態度! またブリッ子したのよ」
 やっぱりしたのか……。
「色目使ったのよ? ちょっとくらい労いなさいよ!」
「だまれ、お前の体のどこに色気があるってんだ! 姿は大人、精神と胸は子供ってか? 良いキャッチフレーズだ!」
 言い終えると同時に頬を強く叩かれ、一瞬気を失ってしまった。
 生まれて初めてビンタで気を失ったよ、おい。痛さよりも驚きの方が心を占めている。
「お前はレスラーか、ビンタ強すぎんだよ!」
「うっさい、体のことを言う奴はみんなこうだ!」
 今度は両手を振り上げる。思わず僕は眼をつむって攻撃に備える。
 なんで人ってビビると眼を閉じるんだろう? トラウマ防止? それとも眼を守るため?
 ってのんきだな僕も。あと数秒後には走馬灯を見る可能性だってあるのに。
「うりゃ!」
 と三佳がとても女じゃ出せないような野太い声を出してビンタを繰り出した。
 ………けど、痛みや意識が飛ぶ気配がない。
 一体どういうことだろうと思って眼を開くと、三佳の手首辺りを、息を切らしたレイカが握っていた。
「またケンカしてるの? ケンカする程仲がいいって言うけど、もっと穏やかにね。あたしの部屋にまで声が聞こえてたよ」
 言って笑いかけるレイカを見ると、何だか自分が非常に子供っぽく見えてきて、知らない間に頭を下げていた。
「ごめん、ちょっと言い過ぎたな。関係ないことまで」
「ちょっと強すぎた。ごめん」
 朝っぱらから何やってんだろ。どう考えても悪いのは僕だ。
 三佳がチケットを貰って来てくれたのは、僕のためなのに、ほんと申し訳ない限りだ。
「よかった、大きなケンカじゃなくって。わたし、二人の声に驚いて部屋まで来たから、荷物持って来てないの、だから外で待っててくれる? すぐ行くから」
 ケンカを仲裁したレイカは、安心した顔を僕に向け、しっかりね、と言うと走って部屋から出て行った。
 しっかりか……ほんと昨日のことを考えるとさらに身にしみる言葉だよ。
「あの、さっきは言い過ぎた、チケット番号、間違えてもらってきたの、あたしなのに」
「いや、僕こそ悪かった。せっかく貰って来てくれたのに」
 嫌な空気だ。今すぐ荷物を持って飛び出したいけど、ここでそうしてしまうと、一日中とても気まずく三佳と関わってしまいそうな気がする。何か元に戻す一言はないか? 
 頭を悩ませていると、三佳は机においてあった三枚のチケットを自分の財布に入れると立ち上がり、
「しょうがない、一三番か一六番に席を替わってもらえるようにまたブリッ子してみる」
「またそれか? 芸がないな、それに一三番か一六番が女子だったらどうするんだ?」
「そんときはマサが男気みせなさいよ」
「僕よりも三佳の方が男らしい気がするけど」
「それもそうね」
「納得かよ」
 ……あれ、いつの間にか気まずくなくなってないか? 突っ込むタイミングにもためらいを持っていないからスムーズだ……。
「行くよ、レイカは着替え以外はやること早いからもう外に出てるかも」
 三佳と出会ってまだ二十四時間と少ししか経っていないけど、随分と借りが出来てしまったな。これはどこかで返すのが男として、いや友達としてやらなくちゃいけないことだろう。
 ………友達か。
「なに薄ら笑い浮かべてるの? バカ。早く行かなくちゃって言ってんだから、もう! あたし先に行くから」
 前言撤回、こいつはまだ友達とは呼べない、いや、呼びたくない。

 僕とレイカの住む寮から歩いて一五分。姿は見えているのに中々辿り着けないイライラに絶えながら、やっとのことでスタジアムに到着。今更気付いたけど、三佳の奴、また長袖だ。もしかして三佳は長袖がスタンダードなのか? という疑問は消して、今は恩返しに徹しなくては。
 それに出来る男をレイカに見せるにはバイト以外ではここでしかないからな。しかもレイカとスタジアムに来る何て、一生に一度巡ってくるかどうか微妙だ。色々なチャンスを逃して来たけれど、今日という今日は逃すわけにはいかない。例え店長からバイトの要請が入っても。
 失敗は許されないと頭に叩き込みながら、トイレの場所、売店をスムーズに案内して、一度も迷うことなく指定席があるCエリアに来ることが出来た。
 まあ、ほとんど毎週来てるんだから迷う方がおかしいんだけど、
「マサさんってほんとスタジアムに詳しいですね」
「この調子で行けば、チャンスが来るかもよ」
 と女子二人が言うものだから、少しうかれている所存でございます。
 しかし着席時に問題発生。
 一三番の席は破損して座ることが出来ず、一六番には男性が座っている。
 ここは三佳の色目を使う番と一瞬頭によぎったけど、それはだめだ。もう三佳に面倒はかけられない。そう思い、僕はレイカに気付かれないように、三佳の耳元に顔を近づけ、小声で話す。
「あのさ、僕が一六番の人に交渉するからチケット貸して」
「で、でもあの人オカマ? 違うでしょ、普通の男っしょ、ならあたしが」
「いいからまかせろ。三佳はレイカをトイレにでも誘って、この場を離れてくれ。レイカにやり取りを見られるのはイヤだから」
「そこまで言うなら、仕方ないわね」
 エリアの出入りにはチケットが必要だ。で、トイレはエリア外にあるから、僕はそのことを伝えると、三佳は財布から一二番のチケットを取り出し、僕もポケットに閉まっていた一五番のチケットを取り出して、チケットを交換した。
「それじゃ、いい結果を祈ってるから」
 三佳はレイカの腕を掴んで、引きずるように出入り口まで進み、トイレに行こう、と言いながら、人ごみの中に消えていった。
 よし、これで準備は整った。
 僕は一六番の席に出来るだけ低姿勢になりながら近づき、言葉遣いも低姿勢のまま、一六番の席に座る男性に話しかけた。
「あの、初めまして、今日は一人ですか?」
 男性は深めに帽子をかぶっているので、目元が見えない。でも目元以外の雰囲気的に二〇代くらいかな? と判断する。
「おお、一人やけど、それがどないしたん?」
 おっと関西弁だ。でもどこかで聞いたことのある声だな。
「すみませんが、この一二番の席とあなたが座っている
一六番……ってあんたは! いっさん!」
「ん?」
「いっさんだろ? 僕だよ僕、マサ!」
「おー、お前か。どや元気しとったか?」
「うん、いっさんこそ」
 いっさんは日曜日にスタジアム付近で、年齢指定ラベルが貼ってある商品を売ってる、僕にとっては神様のような存在の人だ。ただ、地下街には年齢指定ラベル商品を入荷しているはずがないから、いっさんは恐らく地上に住んでいる人だと思う。
 実はミサが行われる毎週日曜日になると、スタジアムには地上からも人が来る。これはいっさんに聞いた情報だけど、世間ではまだ僕ら、超能力者の公表は行っていないらしく、だからなのか庶民ではなく、身分や所得の高い連中が入場している。例えば元財閥の幹部や政治家とか。彼らは超能力者の戦いを観戦することも目的にしているけど、馬券のように誰が勝つかを賭け合ったり、更には気に入った選手をスカウトして、訓練の手伝いなんかもする人もいるらしい。ちなみに、この賭けはちゃんと券売機があるので、政府側も同意の上なんだとか。
 その人たちにまぎれて、いっさんは年齢指定ラベル商品を地上から持って来て、学生に売っているらしい。地下街でいっさんの存在を知っている人は少なく、数える程だと言っていた。実際僕もたまたまスタジアム付近の公園を歩いていると、変な人がいたので付いていったら、木陰に隠れながら、ブルーシートを広げて商品を売っているいっさんを見つけたのが出会いだ。
 ようは偶然。それしか、スタジアム付近のどこに現れるかわからない、神出鬼没ないっさんと出会う方法は運以外ないというわけだ。まあ、一度会えば、次に現れる場所を教えてくれるんだけどね。
 にしても、スタジアムで会うのは、初めて会った一年少し前から数えても初めてだ。闘技の話しをしたことがないから、てっきり興味ないと思っていたけどそうじゃないんだ。
 自由席じゃなくて指定席を買っているのがその証拠だと思う。
 でもなんで地下街に住んでいる人側に座っているだろう。スタジアムは地上から来た人用と、地下街用の二つの出入り口に別れていて、通路から何まで完全に繋がっていないから、地上側から地下街側への移動は不可能なはずだ。
 まあ、地上からの商品を売っているいっさんからすれば、容易なことなんだろうけど。
「ところでいっさん。僕の持ってるチケットと交換してくれないかな? 友達と並んで座りたいんだけど、連番買えなかったんだよ」
「レイカか? まあ二人にはいつも世話になってるからそれくらいええよ」
 さすがは関西弁というべきか。客に対して優しさを持ってるよ。
「ありがとうございます。ってなんで、レイカのこと知ってるんですか?「
「さっき声がしてな、マサと一緒に来たんやろここに。あの子はたまにくるで、ようわからん、文字の本を買いに」
 それは知らなかったな。でもさすがだな、よくわからない文字の本を買うなんて、秀才じゃないと出来ない。
「今日も店やってるんでしょ? 帰りにいきますね」
「おう、頼むな。そのかわり、僕の存在を広めらんといてな」
「もちっす」
 その声を聞くといっさんは荷物をまとめて、一二番の席に移動してくれた。
 今日はついてるな。朝に三佳と言い合いになったときは最悪だと思ったけど、仲直りしたし、こうやって思ったより簡単に席を交換してもらったし、言うこと無しだよ。あとは二人の帰りを待つだけだ。
 二人を待つ間、暇だから入場の時に貰ったパンフレットでも読もうかな?
 今日のメインは、この地下街の代表を決める大会の準決勝第二試合が行われるのか。
 確か一人はこの地区の代表者、つまり三ヶ月前に行われた代表大会の優勝者のホノホで、もう一人はこの春、7ランクに上がったばかりのヒカリだったよな。
 パンフレットには両選手の一回戦からの戦いが特集されていて、いかにこの二人が強いかと言うことが過剰に表現されているけど、かえってそのことで気持ちを盛り上げさせてくれる。
 一体、こういう記事は誰が書いているのだろう? 多分超能力者である生徒達が作っているはずだよな。だとすると、もしかすると記事を書くことにも超能力が使われているかもしれない。
 ほんと僕に比べると良い能力だよな……。
 目の前に広がる、刈りそろえられた芝生。その上に二〇メートル×二〇メートル四方の青いマットが置かれていて、取り囲むように、約三千の席が設置されている。
 そのマット上ではメインの試合が始まる一五時まで、二~四ランクの生徒達が戦いを繰り広げる。時間が経つにつれてランクが高いもの同士の闘技が行われる組み合わせになっている。だから開場して間もない今は低ランクの試合なので、客も多くはない。昼過ぎ辺りから、4ランクの試合が行われるから、多くなってくるかな? まあそれまで、パンフレットと試合の両方に眼を移しながら過ごすとしようか。