第6話 「碧眼の向こう」
2014年6月6日の僕
職員室を出て一〇分後。僕らは校舎を出て、東側にある運動場に来ていた。全面人工芝付きの。校内に比べれば暑く、立ってるだけで汗が吹き出そうだけど、新入生の校内案内を任されているのだから仕方がない。
「にしても暑いよね。ここって地下街でしょ? 何でこんな暑いわけ?」
と、この地下街に来て間もないであろう、新入生の三佳は僕に対し、暑さの理由を尋ねるけど、六月が程暑いことに興味を持ったこともないので、解答を持ち合わせていない。
「知らないな。レイカは知ってる?」
さりげなくレイカに会話を振る僕は浅はかだろうか?
「うーん。確かね、地下街って放っておくと、密封されてるから酸素が無くなっちゃいますよね?」
「捕まえた虫を箱に入れてると、翌日見たら弱ってたみたいな感じかな?」
僕の例えに対し、笑顔を向けてそうですね、とレイカは言ってくれているが、間違いなく戸惑いを含む笑いだ。本当、普段小説とか読んでるのか疑いたくなるような比喩能力だよ。
「なので、ちょっと天井を見てもらえますか? 業務用クーラーのような機械がありますよね」
レイカの指差す方向には、確かに機械的なものがある。しかも結構な数だ。ぱっと見上げただけで五つくらいある。……今まで気付かないって普段下ばかり見て歩いてる証拠だな。
「あれで地上からの空気を送ってるんです。清浄することなく、そのまま送ってるので地上の気温と同じになる。だから暑いの」
地上からの空気をそのまま送ってるにしてはあまり季節感を感じないな。感じるとすれば、暑いか寒いくらいだ。やっぱり季節って空や山の色。そういう視覚から感じることも必要なんだな。年中コンクリートの灰色じゃ、季節を感じろ、ってのが無理あるかもな。
「ちなみにこの街にもたまに雨が降りますよね。あれは送風機の横にある小さな丸いポチョっとしたのがありますよね? あれがスプリンクラーの役目を果たしているんです。だから雨と言うよりは水道水を撒いてるんですよね」
スプリンクラーが付いてることにも初めて気付いたよ。ていうか、ここ雨振るんだ。日中は地面が濡れていることに気付いていないとすれば、僕らが眠っている夜中に振ってるのか。なんとも都合のいい街だな。でもここで一つ疑問。
「どうして雨なんて振らす必要があるんだ? 野菜や果物は全部室内で作ってるだろ?」
僕は言って、正面に見える、この街で三番目の高さを誇る植物栽培ビルを指差した。
あのビルの中では、野菜から果物にかけて、幅広く栽培されている。
土ではなく水ごけやらを混ぜ合わせた粘土を使用していて、土よりも軽く、水や肥料の日持ちするらしく、日光は発光ダイオードで代用しているのだとか。あと何でビルの中で栽培するかって言うと、土地利用をできるだけ縮小するためだ。
僕も実際に働いたことがないので詳しいことは知らないけど、地下街での野菜と果物は全てあのビルからまかなわれている。街に住む約千人の食料をたった5階建てのビルで栽培されているなんて、ちょっと恐怖だな。もし栽培ビルが崩れたらどうなるんだろ……。
と、僕が思うに、雨何て植物の恵み以外意味のない天災と思うのですが、どうでしょうレイカさん?
「確か、建物の汚れを落とす為じゃないかな? それか――」
「ちょっと二人で仲良く話すのはいいけど、あたしだけ仲間外れ? 案内されるのはマサじゃなくてあたしでしょ?」
三佳の言うことに一ミクロンの間違いもないけど、何でそう偉そうなのかわからない。注意することはいいとして、会話に割って入るな。多くないレイカとの談話タイムなのに。
「野菜の説明はもういいから、なんで『無意識』じゃない奴らが――」
「無意識じゃない奴らは『意識者』と呼ぶ」
どうだ、これで話しの途中に割って入られることの苛つきがわかっただろ? レイカは何食わぬ顔で三佳の話しを聞いているけど、きっと心の中じゃ、少しくらいは腹が立っているはずだ。僕と同じように。
「忠告ありがと。で、なんでその『意識者』が――」
おいおい、僕のささやかなる反抗が全く効きやしない。
こいつバカなのか? それとも純粋なのか?
「………ちょっと聞いてるの?」
「すまない、全く」
「もう一度言うからね。えーと…ごめん、あたし何て言ったっけ?」
今話したことを忘れるなんて、お前は鶏か。いや、三歩歩いてないから鶏以下だな。
鶏以下の人間に対し、レイカは微笑みながら、さっき三佳が言ったことを言ってくれた。
「訓練室じゃなくって、運動場にいる理由じゃない?」
「それそれ! 何であいつらがこんな暑い中、訓練室で超能力の勉強? やってないで全校集会みたいに運動場で集まってるの?」
三佳の視線の先には『意識者』達が綺麗に並んでいて、彼らの視線の先には朝礼台に乗った校長の姿が見える。全校集会みたいじゃなくて、完全に全校集会だな、これは。
「超能力を鍛える前に、まずああやって、校長の話や先生の話を聞くんだよ」
「どんな?」
「ちゃんと知らないな。いつもこの時間は教室だから」
でも少しくらいは知っている。いくら校内にいたからって、マイクを使って話す声は、教室の窓を漏れてくるから。朝礼台に乗って話す先生達はあんまりいいことを言ってるようには思えない。
やれ、人間は私達よりも弱いが、弱者を助けることが強者の役目。だから人間は大切にしなくてはいけない。
やれ、超能力向上こそが生きる意味だの。
やれ、最終目的は先見のナギの討伐だ。これこそが世界を平和にする近道だとか。
そんなような話しばかりしてるから、僕は初め何かの宗教なのかと思ったくらいだ。話しの内容もそうだけど、運動場に並んだ約六〇〇人の超能力者が一人も雑談しないで、朝礼台で話す先生に対して異常なまでの集中力で見つめているから尚更だ。
こんなことを学校に来て初日の新入生に説明できるわけがない。幸先不安すぎる。
でも一つだけ教えてあげてもいいか。約二年、教室からうっすらと聴こえてくる、能力者に対する校長の言葉を。
「超能力者はいかに賢く、能力を活用したとしても、一円たりとも儲けることは出来ないらしいよ」
ここで僕は、校舎に付けられている丸形の大きな時計を見て、時刻を確認した。
今は九時過ぎか。集会が始まるのが八時四〇分からで、話しは五〇分間行われるから、あと半時間はここで佇むだけになるな。
「どうする? 超能力の訓練はあと半時間後からだけど」
「じゃあもういいや。どーもありがとう。もう教室に戻らない? 外暑いし」
そりゃ長袖着てりゃ、暑いに決まってるだろ。
「じゃあ何で半袖来てこなかったんだ?」
「だっさいじゃない? ねえ、レイカ?」
三佳はレイカの着ている半袖の制服を指差して、笑顔で言った。
「うん、ボタンとかちょっとね……。でもみんな衣替えしてるし、暑いのもイヤだし」
「そう思ってるなら着なきゃいいのに。人は見た目でほとんど決まるのよ?」
自分にしかない知識をひけらかすように言うな。
人は見た目なんて通説、知らない奴の方が少ない。てか、人は見た目が大事というなら、三佳は矛盾してないか? みんな半袖なのに、一人だけ長袖って、明らかに異質をアピールしていることになると思う。そっちの方がマイナスだろ。
「まあいいや。こんなあっちーところで話すより、扇風機が回ってる教室の方がいいくない? それに、学校のことは別に今知らなくても支障はないでしょ? そのかわり放課後、この街を案内してね。日常生活を送るには街を知る方が大事っしょ」
三佳は言いながら、その長い足にバネを付けたように跳ね回りながら、校舎に駆けて行った。スカートがめくれ上がりそうになると、ドキッとしたけど、ギリギリ見えなくてなんとなく安心した気持ちになった……バカか僕は。
少し赤面しながら俯く僕に、レイカは、跳ね回りながら教室に戻って行く三佳を見つめ、微笑みながら言った。
「ちょっと変わってるけど、いい人そうだね」
いい人と言う捉え方は人それぞれだから、僕は同意できないけど、まあ悪くはないかな?
「それなりには仲良くやっていけそうだな」
だね、と言うレイカの表情は少し大人びていて、僕をドキリとさせたけど、一歩踏み出すといつも通りのレイカに戻っていて、何だか少し安心した。
僕は思う。いつか君の持つ碧眼が、何を映し出しているのか、知りたいと。
2014年6月6日の僕
職員室を出て一〇分後。僕らは校舎を出て、東側にある運動場に来ていた。全面人工芝付きの。校内に比べれば暑く、立ってるだけで汗が吹き出そうだけど、新入生の校内案内を任されているのだから仕方がない。
「にしても暑いよね。ここって地下街でしょ? 何でこんな暑いわけ?」
と、この地下街に来て間もないであろう、新入生の三佳は僕に対し、暑さの理由を尋ねるけど、六月が程暑いことに興味を持ったこともないので、解答を持ち合わせていない。
「知らないな。レイカは知ってる?」
さりげなくレイカに会話を振る僕は浅はかだろうか?
「うーん。確かね、地下街って放っておくと、密封されてるから酸素が無くなっちゃいますよね?」
「捕まえた虫を箱に入れてると、翌日見たら弱ってたみたいな感じかな?」
僕の例えに対し、笑顔を向けてそうですね、とレイカは言ってくれているが、間違いなく戸惑いを含む笑いだ。本当、普段小説とか読んでるのか疑いたくなるような比喩能力だよ。
「なので、ちょっと天井を見てもらえますか? 業務用クーラーのような機械がありますよね」
レイカの指差す方向には、確かに機械的なものがある。しかも結構な数だ。ぱっと見上げただけで五つくらいある。……今まで気付かないって普段下ばかり見て歩いてる証拠だな。
「あれで地上からの空気を送ってるんです。清浄することなく、そのまま送ってるので地上の気温と同じになる。だから暑いの」
地上からの空気をそのまま送ってるにしてはあまり季節感を感じないな。感じるとすれば、暑いか寒いくらいだ。やっぱり季節って空や山の色。そういう視覚から感じることも必要なんだな。年中コンクリートの灰色じゃ、季節を感じろ、ってのが無理あるかもな。
「ちなみにこの街にもたまに雨が降りますよね。あれは送風機の横にある小さな丸いポチョっとしたのがありますよね? あれがスプリンクラーの役目を果たしているんです。だから雨と言うよりは水道水を撒いてるんですよね」
スプリンクラーが付いてることにも初めて気付いたよ。ていうか、ここ雨振るんだ。日中は地面が濡れていることに気付いていないとすれば、僕らが眠っている夜中に振ってるのか。なんとも都合のいい街だな。でもここで一つ疑問。
「どうして雨なんて振らす必要があるんだ? 野菜や果物は全部室内で作ってるだろ?」
僕は言って、正面に見える、この街で三番目の高さを誇る植物栽培ビルを指差した。
あのビルの中では、野菜から果物にかけて、幅広く栽培されている。
土ではなく水ごけやらを混ぜ合わせた粘土を使用していて、土よりも軽く、水や肥料の日持ちするらしく、日光は発光ダイオードで代用しているのだとか。あと何でビルの中で栽培するかって言うと、土地利用をできるだけ縮小するためだ。
僕も実際に働いたことがないので詳しいことは知らないけど、地下街での野菜と果物は全てあのビルからまかなわれている。街に住む約千人の食料をたった5階建てのビルで栽培されているなんて、ちょっと恐怖だな。もし栽培ビルが崩れたらどうなるんだろ……。
と、僕が思うに、雨何て植物の恵み以外意味のない天災と思うのですが、どうでしょうレイカさん?
「確か、建物の汚れを落とす為じゃないかな? それか――」
「ちょっと二人で仲良く話すのはいいけど、あたしだけ仲間外れ? 案内されるのはマサじゃなくてあたしでしょ?」
三佳の言うことに一ミクロンの間違いもないけど、何でそう偉そうなのかわからない。注意することはいいとして、会話に割って入るな。多くないレイカとの談話タイムなのに。
「野菜の説明はもういいから、なんで『無意識』じゃない奴らが――」
「無意識じゃない奴らは『意識者』と呼ぶ」
どうだ、これで話しの途中に割って入られることの苛つきがわかっただろ? レイカは何食わぬ顔で三佳の話しを聞いているけど、きっと心の中じゃ、少しくらいは腹が立っているはずだ。僕と同じように。
「忠告ありがと。で、なんでその『意識者』が――」
おいおい、僕のささやかなる反抗が全く効きやしない。
こいつバカなのか? それとも純粋なのか?
「………ちょっと聞いてるの?」
「すまない、全く」
「もう一度言うからね。えーと…ごめん、あたし何て言ったっけ?」
今話したことを忘れるなんて、お前は鶏か。いや、三歩歩いてないから鶏以下だな。
鶏以下の人間に対し、レイカは微笑みながら、さっき三佳が言ったことを言ってくれた。
「訓練室じゃなくって、運動場にいる理由じゃない?」
「それそれ! 何であいつらがこんな暑い中、訓練室で超能力の勉強? やってないで全校集会みたいに運動場で集まってるの?」
三佳の視線の先には『意識者』達が綺麗に並んでいて、彼らの視線の先には朝礼台に乗った校長の姿が見える。全校集会みたいじゃなくて、完全に全校集会だな、これは。
「超能力を鍛える前に、まずああやって、校長の話や先生の話を聞くんだよ」
「どんな?」
「ちゃんと知らないな。いつもこの時間は教室だから」
でも少しくらいは知っている。いくら校内にいたからって、マイクを使って話す声は、教室の窓を漏れてくるから。朝礼台に乗って話す先生達はあんまりいいことを言ってるようには思えない。
やれ、人間は私達よりも弱いが、弱者を助けることが強者の役目。だから人間は大切にしなくてはいけない。
やれ、超能力向上こそが生きる意味だの。
やれ、最終目的は先見のナギの討伐だ。これこそが世界を平和にする近道だとか。
そんなような話しばかりしてるから、僕は初め何かの宗教なのかと思ったくらいだ。話しの内容もそうだけど、運動場に並んだ約六〇〇人の超能力者が一人も雑談しないで、朝礼台で話す先生に対して異常なまでの集中力で見つめているから尚更だ。
こんなことを学校に来て初日の新入生に説明できるわけがない。幸先不安すぎる。
でも一つだけ教えてあげてもいいか。約二年、教室からうっすらと聴こえてくる、能力者に対する校長の言葉を。
「超能力者はいかに賢く、能力を活用したとしても、一円たりとも儲けることは出来ないらしいよ」
ここで僕は、校舎に付けられている丸形の大きな時計を見て、時刻を確認した。
今は九時過ぎか。集会が始まるのが八時四〇分からで、話しは五〇分間行われるから、あと半時間はここで佇むだけになるな。
「どうする? 超能力の訓練はあと半時間後からだけど」
「じゃあもういいや。どーもありがとう。もう教室に戻らない? 外暑いし」
そりゃ長袖着てりゃ、暑いに決まってるだろ。
「じゃあ何で半袖来てこなかったんだ?」
「だっさいじゃない? ねえ、レイカ?」
三佳はレイカの着ている半袖の制服を指差して、笑顔で言った。
「うん、ボタンとかちょっとね……。でもみんな衣替えしてるし、暑いのもイヤだし」
「そう思ってるなら着なきゃいいのに。人は見た目でほとんど決まるのよ?」
自分にしかない知識をひけらかすように言うな。
人は見た目なんて通説、知らない奴の方が少ない。てか、人は見た目が大事というなら、三佳は矛盾してないか? みんな半袖なのに、一人だけ長袖って、明らかに異質をアピールしていることになると思う。そっちの方がマイナスだろ。
「まあいいや。こんなあっちーところで話すより、扇風機が回ってる教室の方がいいくない? それに、学校のことは別に今知らなくても支障はないでしょ? そのかわり放課後、この街を案内してね。日常生活を送るには街を知る方が大事っしょ」
三佳は言いながら、その長い足にバネを付けたように跳ね回りながら、校舎に駆けて行った。スカートがめくれ上がりそうになると、ドキッとしたけど、ギリギリ見えなくてなんとなく安心した気持ちになった……バカか僕は。
少し赤面しながら俯く僕に、レイカは、跳ね回りながら教室に戻って行く三佳を見つめ、微笑みながら言った。
「ちょっと変わってるけど、いい人そうだね」
いい人と言う捉え方は人それぞれだから、僕は同意できないけど、まあ悪くはないかな?
「それなりには仲良くやっていけそうだな」
だね、と言うレイカの表情は少し大人びていて、僕をドキリとさせたけど、一歩踏み出すといつも通りのレイカに戻っていて、何だか少し安心した。
僕は思う。いつか君の持つ碧眼が、何を映し出しているのか、知りたいと。