空が暗い間 第31話
「どうしてここにいることがわかった?」
「……アキナさんって人が教えてくれた」
あいつが? でも何故、明里の墓の場所を知ってるのだろう、それと俺がここに向かうことも……。
「羽田も俺と羽田姉の話し、聞いてたのか?」
恵那は音が鳴るくらい大きく首を横に振った。髪が首に回り付く。
「道の途中まで羽田恵那で来て、ユウの姿が見えると私に切り替えたから。でも記憶の片隅には残ると思う、私が聞いてたから」
「その記憶の片隅ってのは、どの程度記憶してるんだ?」
「……印象の残らない夢を思い出す程度かな?」
そうか、なら問題ない。あいつしっかりと聞いていたら、あの性格からすると自分を殺してとか言いそうだからな。さすがにそれは気が引ける。
俺は仏花を生けながら、恵那に問いかけた。
「人って死んだらどうなるんだ? 輪廻転生とか言うだろ?」
「……私もあまり詳しいことは知らないわ。古すぎるから。でも輪廻転生はあってると思う。この世界は同じことの繰り返しで進歩していってるから、それは世界の中心である生物が輪廻転生していると考えて間違いないかも」
それと、と言って、恵那は目をつむり、国語の教科書を朗読するように、ゆっくり丁寧に感情をこめて話しを続けた。
「私達の星でこういう話しがあるの。
生物が命を絶つと、その後、今までの記憶を全て水で洗い流し、皮膚を全てはぎ、内蔵や血を抜き取り、それを千人分集めて、混ぜ合わせて、一つに作り直す。仕上げに千人分の記憶を洗い流した水を混ぜ合わせた物を作って、かける。そして新たな命が産まれる。だから絶えることなく繰り返すって言う話」
俺たちを作った星に伝えられている話か……。となると本当にこの星の生物はそうやって命を繰り返しているのかもしれない。あまりに非科学的すぎるけど。
「でも私はその話を信じたくない。死ねば、記憶を洗い流されて、身を無くしてしまう。そんなのは嫌だ。生まれ変わりなんてしなくていいから、ずっと目が覚めなくていいから私は私でいたい」
恵那は唇を突き出しながら、俺が生けた仏花に鼻を近づけ匂いを嗅いだ。
俺は別に混ぜられることに異論はないが、嫌いな奴と一緒になることは避けたい。明里を死に追い込んだ奴らと、一緒に混ぜられると想像するだけで気がおかしくなりそうだ。
「家族となら、仲のいい友達とかならどうだ? 俺は別にそれならかまわないと思うけど」
「……私はこの記憶を私だけの物にしたいの。誰にだってあげたくない。体は別にいいけど。それに私には親なんて概念も友人という概念もないの。前にも言ったでしょ? 感情がほとんどないのよ私たちの星の人たちは。だから好き合い、子供を産むという行為にまで発展しないのよ」
「じゃあどうやってお前は産まれたんだ?」
クローンか? はたまた試験管? 頭に浮かぶだけで、寒色が包むその単語を、俺は必死に打ち消した。いくら生命の成れの果てになったとしても、そこまでしないだろうと信じたかった。
「……機械。私達は生命を授かる機械で生まれて、その後はずっと部屋の中」
「じゃあ、親や兄妹なんて……」
「いるわけないわ。一応その機械がそうなんでしょうけど、感情を持った今でも、あれを親なんて呼ぶことは出来ない」
そう言うと、次は線香の香りを嗅ぎ、勢いよく吸い込みすぎたのか咳き込むと、今度は墓石に手を伸ばした。
「でも親や兄妹ってすごい大切な物なんでしょう? 羽田恵那は自分の命より大切な物と認識しているけど、それはユウもそうなの? 私なんて感情が芽生えた今でも自分の命より大切な物なんてないわ」
羽田なら確かに自分の命より家族の命って感じがする。だが、俺の場合、親不孝なことだけど両親ならこの身を投げ出さず自分の命を守るだろう。しかし、姉や弟のことになると覚悟が出来るかもしれない。まあ実際そういうことにならないとわからないけどな。
「俺もその辺はよくわからないから人それぞれだろう。けど俺は明里を自殺に追い込んだ奴らを殺してやりたいと言う気持ちくらいなら湧く」
こんな話しを明里の墓の前でやるのは常軌を逸しているとはわかっているが、自分に歯止めが利かず、ついつい言葉にでてしまう。
「……私にはその気持ちがわからない。自殺って自分で死にたいから死んだんでしょう? ならユウのやることはおせっかいじゃない?」
「お前のいう通りだ。でもそれをどうにかしたいと思うのが俺たちだ」
だから絶えず戦争が繰り返され、それでなくても殺人や裏切りなどが行われているのだろう。どこからともなく溢れてくる衝動を、尽きることない怒りを鎮める為に。
所詮自己満足か。
「……それでもユウが明里の仇討ち? をするなら私は別にいいと思うわ。無条件で愛情を共有できる存在が家族と言うものでしょう? それはすごく貴重だと羽田恵那を通じて理解したわ。それを奪った相手に対する仕返しで、気持ちが落ち着くなら価値はあると思う」
恵那は墓石を優しく撫でながら言った。
「私は感情があるからこそ未来も過去もあると思うの。じゃあ、その未来や過去をよくするのも悪くするのも感情でしょう? ユウが行為を起こす感情が、いい未来につながるかどうかよく考えてみて」
「説教かよ、異星人のくせに」
多重人格側のくせに。
恵那は振り返り、墓石の次に、俺の頭を撫でた。そんなことされるのは小さい頃以来なので恥ずかしくなり、つい頭を横に振り、手をのけようとしたが、それでもしつこく撫でようとするので、俺は仕方なく頭を差しだすことにした。
「ユウはバカね、私は人間の脳を全て覗くことが出来るのよ。きっとユウ達人間よりも心については知っているはずよ」
言うと手を頭から離し、俺の横に並んで立った。
「もう時間なの」
決まった時間までしか思考を奪えないことをすごく嫌なことだと思っているのだろう。恵那は恨めしそうな顔をして呟いた。
「多分明日で最後なの」
その言葉を聞いて、今日の朝、食堂裏での出来事を思い出した。突然の告白、涙、抱いた肩。溢れてそうになる涙をこらえて俺は明るい声で、恵那に約束をした。
「最後か……なら、明日の朝迎えに行くから、学校始まる前の六時くらいだけど大丈夫か?」
「朝? 大丈夫。待ってるから」
そう言って微笑む恵那はやはり、人間にはできないような奇麗な表情をしていた。そんな顔もあと見れるのは数回か……。名残惜しいどころじゃないなこれは。
俺は体を墓石に向けて左膝を立てて座り、目をつむって手を合わした。
明里。俺はこれからどうするか、明日の朝、決めようと思う。その結果がどうあれ、俺を許してくれ。きっとお前は俺が人殺しや犯罪者になることを嫌うだろう、そして自分すら呪うのかもしれない。それは活きている俺にしか出来ない。だから死んだお前が悪い。
せめてお前が自殺未遂で終わればと今日まで何度思ったことか。そうすれば家族がバラバラになることもなく、平凡に暮らせたのかもしれない。いや、それはないか。そういう絆の強い家族はどんなことがあっても崩壊することなんて無いだろうな。
「白井くん、聞き辛いんだけど、これって誰のお墓?」
「俺の死んだ彼女」
「嘘! マジで!」
と悲鳴のような声を上げる羽田。時間が深夜ならその声で驚く奴もいるだろうな。
「嘘。俺の姉だ」
「驚かせないでよ、意地悪」
そう言うと安心したのか大きく息を吐き、俺の横に正座をして座った。
「どうして正座なんだ?」
「だって仏壇の前だと正座でしょ? ここも一緒だよ」
強く目をつむり、羽田は手を合わせた。
見たこともない俺の姉に対し、羽田は何を思いながら手を合わせているのだろう。悲哀な表情をしている辺り、自分の姉がもし死んだらとか思っているのかもしれない。そんな余計な悲しみいらないのに。
俺は墓の周りに置かれた菓子の中から一番高そうな物を手に取り、いつまでも黙祷を捧げる羽田の頭をはたき、行くぞ、と声をかけた。
「だめだよ、それお姉さんのお菓子でしょ?」
「うるさい。死んだ奴が菓子食ったら怖いだろ? ほっといたら湿気て食えなくなる。勿体無いから俺が食う。以上」
羽田はふてくされたような顔をして俺を見つめたが、呆れたのか、笑うと立ち上がり、俺に顔を近づけて本当に小さく、木々の揺れにかき消されるような声で呟いた。
「今日はありがとう」
「どうしてここにいることがわかった?」
「……アキナさんって人が教えてくれた」
あいつが? でも何故、明里の墓の場所を知ってるのだろう、それと俺がここに向かうことも……。
「羽田も俺と羽田姉の話し、聞いてたのか?」
恵那は音が鳴るくらい大きく首を横に振った。髪が首に回り付く。
「道の途中まで羽田恵那で来て、ユウの姿が見えると私に切り替えたから。でも記憶の片隅には残ると思う、私が聞いてたから」
「その記憶の片隅ってのは、どの程度記憶してるんだ?」
「……印象の残らない夢を思い出す程度かな?」
そうか、なら問題ない。あいつしっかりと聞いていたら、あの性格からすると自分を殺してとか言いそうだからな。さすがにそれは気が引ける。
俺は仏花を生けながら、恵那に問いかけた。
「人って死んだらどうなるんだ? 輪廻転生とか言うだろ?」
「……私もあまり詳しいことは知らないわ。古すぎるから。でも輪廻転生はあってると思う。この世界は同じことの繰り返しで進歩していってるから、それは世界の中心である生物が輪廻転生していると考えて間違いないかも」
それと、と言って、恵那は目をつむり、国語の教科書を朗読するように、ゆっくり丁寧に感情をこめて話しを続けた。
「私達の星でこういう話しがあるの。
生物が命を絶つと、その後、今までの記憶を全て水で洗い流し、皮膚を全てはぎ、内蔵や血を抜き取り、それを千人分集めて、混ぜ合わせて、一つに作り直す。仕上げに千人分の記憶を洗い流した水を混ぜ合わせた物を作って、かける。そして新たな命が産まれる。だから絶えることなく繰り返すって言う話」
俺たちを作った星に伝えられている話か……。となると本当にこの星の生物はそうやって命を繰り返しているのかもしれない。あまりに非科学的すぎるけど。
「でも私はその話を信じたくない。死ねば、記憶を洗い流されて、身を無くしてしまう。そんなのは嫌だ。生まれ変わりなんてしなくていいから、ずっと目が覚めなくていいから私は私でいたい」
恵那は唇を突き出しながら、俺が生けた仏花に鼻を近づけ匂いを嗅いだ。
俺は別に混ぜられることに異論はないが、嫌いな奴と一緒になることは避けたい。明里を死に追い込んだ奴らと、一緒に混ぜられると想像するだけで気がおかしくなりそうだ。
「家族となら、仲のいい友達とかならどうだ? 俺は別にそれならかまわないと思うけど」
「……私はこの記憶を私だけの物にしたいの。誰にだってあげたくない。体は別にいいけど。それに私には親なんて概念も友人という概念もないの。前にも言ったでしょ? 感情がほとんどないのよ私たちの星の人たちは。だから好き合い、子供を産むという行為にまで発展しないのよ」
「じゃあどうやってお前は産まれたんだ?」
クローンか? はたまた試験管? 頭に浮かぶだけで、寒色が包むその単語を、俺は必死に打ち消した。いくら生命の成れの果てになったとしても、そこまでしないだろうと信じたかった。
「……機械。私達は生命を授かる機械で生まれて、その後はずっと部屋の中」
「じゃあ、親や兄妹なんて……」
「いるわけないわ。一応その機械がそうなんでしょうけど、感情を持った今でも、あれを親なんて呼ぶことは出来ない」
そう言うと、次は線香の香りを嗅ぎ、勢いよく吸い込みすぎたのか咳き込むと、今度は墓石に手を伸ばした。
「でも親や兄妹ってすごい大切な物なんでしょう? 羽田恵那は自分の命より大切な物と認識しているけど、それはユウもそうなの? 私なんて感情が芽生えた今でも自分の命より大切な物なんてないわ」
羽田なら確かに自分の命より家族の命って感じがする。だが、俺の場合、親不孝なことだけど両親ならこの身を投げ出さず自分の命を守るだろう。しかし、姉や弟のことになると覚悟が出来るかもしれない。まあ実際そういうことにならないとわからないけどな。
「俺もその辺はよくわからないから人それぞれだろう。けど俺は明里を自殺に追い込んだ奴らを殺してやりたいと言う気持ちくらいなら湧く」
こんな話しを明里の墓の前でやるのは常軌を逸しているとはわかっているが、自分に歯止めが利かず、ついつい言葉にでてしまう。
「……私にはその気持ちがわからない。自殺って自分で死にたいから死んだんでしょう? ならユウのやることはおせっかいじゃない?」
「お前のいう通りだ。でもそれをどうにかしたいと思うのが俺たちだ」
だから絶えず戦争が繰り返され、それでなくても殺人や裏切りなどが行われているのだろう。どこからともなく溢れてくる衝動を、尽きることない怒りを鎮める為に。
所詮自己満足か。
「……それでもユウが明里の仇討ち? をするなら私は別にいいと思うわ。無条件で愛情を共有できる存在が家族と言うものでしょう? それはすごく貴重だと羽田恵那を通じて理解したわ。それを奪った相手に対する仕返しで、気持ちが落ち着くなら価値はあると思う」
恵那は墓石を優しく撫でながら言った。
「私は感情があるからこそ未来も過去もあると思うの。じゃあ、その未来や過去をよくするのも悪くするのも感情でしょう? ユウが行為を起こす感情が、いい未来につながるかどうかよく考えてみて」
「説教かよ、異星人のくせに」
多重人格側のくせに。
恵那は振り返り、墓石の次に、俺の頭を撫でた。そんなことされるのは小さい頃以来なので恥ずかしくなり、つい頭を横に振り、手をのけようとしたが、それでもしつこく撫でようとするので、俺は仕方なく頭を差しだすことにした。
「ユウはバカね、私は人間の脳を全て覗くことが出来るのよ。きっとユウ達人間よりも心については知っているはずよ」
言うと手を頭から離し、俺の横に並んで立った。
「もう時間なの」
決まった時間までしか思考を奪えないことをすごく嫌なことだと思っているのだろう。恵那は恨めしそうな顔をして呟いた。
「多分明日で最後なの」
その言葉を聞いて、今日の朝、食堂裏での出来事を思い出した。突然の告白、涙、抱いた肩。溢れてそうになる涙をこらえて俺は明るい声で、恵那に約束をした。
「最後か……なら、明日の朝迎えに行くから、学校始まる前の六時くらいだけど大丈夫か?」
「朝? 大丈夫。待ってるから」
そう言って微笑む恵那はやはり、人間にはできないような奇麗な表情をしていた。そんな顔もあと見れるのは数回か……。名残惜しいどころじゃないなこれは。
俺は体を墓石に向けて左膝を立てて座り、目をつむって手を合わした。
明里。俺はこれからどうするか、明日の朝、決めようと思う。その結果がどうあれ、俺を許してくれ。きっとお前は俺が人殺しや犯罪者になることを嫌うだろう、そして自分すら呪うのかもしれない。それは活きている俺にしか出来ない。だから死んだお前が悪い。
せめてお前が自殺未遂で終わればと今日まで何度思ったことか。そうすれば家族がバラバラになることもなく、平凡に暮らせたのかもしれない。いや、それはないか。そういう絆の強い家族はどんなことがあっても崩壊することなんて無いだろうな。
「白井くん、聞き辛いんだけど、これって誰のお墓?」
「俺の死んだ彼女」
「嘘! マジで!」
と悲鳴のような声を上げる羽田。時間が深夜ならその声で驚く奴もいるだろうな。
「嘘。俺の姉だ」
「驚かせないでよ、意地悪」
そう言うと安心したのか大きく息を吐き、俺の横に正座をして座った。
「どうして正座なんだ?」
「だって仏壇の前だと正座でしょ? ここも一緒だよ」
強く目をつむり、羽田は手を合わせた。
見たこともない俺の姉に対し、羽田は何を思いながら手を合わせているのだろう。悲哀な表情をしている辺り、自分の姉がもし死んだらとか思っているのかもしれない。そんな余計な悲しみいらないのに。
俺は墓の周りに置かれた菓子の中から一番高そうな物を手に取り、いつまでも黙祷を捧げる羽田の頭をはたき、行くぞ、と声をかけた。
「だめだよ、それお姉さんのお菓子でしょ?」
「うるさい。死んだ奴が菓子食ったら怖いだろ? ほっといたら湿気て食えなくなる。勿体無いから俺が食う。以上」
羽田はふてくされたような顔をして俺を見つめたが、呆れたのか、笑うと立ち上がり、俺に顔を近づけて本当に小さく、木々の揺れにかき消されるような声で呟いた。
「今日はありがとう」