空が暗い間 第14話
「い、いや、あ、のそのな」
いきなり白井くんが大声出すから驚いたよ。一体どうしたんだろ? すっごい挙動不審だし、手で何か複雑な信号を送るみたいにシュパシュパって動かしてるし。
本当にどうしたんだろ?
……もしかして中学校の頃好きだった人が車内にいたのかも。で、その人は白井君の気持ちに気付いていて、気まずいから逃げようとしたところを白井くんに呼び止められたとか。
そうとなっては座ってる場合じゃない。
私は一方通行な信号を送り続ける白井くんを無視して、その女子の姿を探すため立ち上がり、車内をくまなく見つめた。
けれどいるのは少し遅めの出勤をするサラリーマンや、花月にお笑いでも見に行きそうな陽気なおばあちゃんたちや、主婦っぽい人たちだけだ。私のような高校生くらいの年代の人はどこにもいない。ってことは私の推理は的外れってことだよね。なら他の可能性は何だろう?
もう一度考え直すため、席に座り直し、まだ軽くパニック状態の白井くんを見つめ、これ以上そんな姿を見てしまうと恋が冷めてしまうかもしれないという、恋の危険信号を察知して、すぐに白井くんから目を離し、応急処置として、窓から景色を眺めた。
代わり映えのない人工的な灰色と、たまに映る小さな緑、そして雪。
……雪?
「傘は?」
思わず声を上げてしまった。
白井くんもその声を聞いて、恋が冷める信号を送ることをストップした。
そうだ、家を出る前に、雪が降ってることに気付いて傘をさして駅まで着たんだよ。
じゃあ、その傘はどこ行ったの? あのコンビニ製のビニール傘は。
……もしかして。
「白井くん、待てってもしかして駅員さんに言ったの? 私が傘忘れたことに気付いたから」
「……そ、そうだよ。本当にお前はおっちょこちょいだな」
そうか、やっぱりそうなんだ。白井くんは私が傘を、駅のホームに忘れたことに気付いて出発したての電車を止めようと思ったんだね。でもそんなことしても止まるわけないよ。それに本当に止めちゃったら大問題だよ、日本の鉄道は過密ダイヤだから。
それにしても初めからミスっちゃったよ。
きっと白井くんと正真正銘のデートだから舞い上がってたのかも。だから傘を持たないで電車に乗っちゃったんだよ。
白井くんに迷惑かけたかも。
でも今は落ち込むよりも白井くんの無謀な優しさがうれしい。
私は感謝の気持ちを伝えるため、白井くんの目を見つめた。少し照れてしまう。
「ありがとう白井っ、ふふっ」
白井くんと最後まで言えずに、私は吹き出してしまった。それは白井くんの顔が面白いなんて失礼極まりない理由じゃなくて、着てるパーカーがユーモアでブラックだからだ。
「白井くん何そのパーカー? 面白いね」
白井くんは少し胸を張りながら、いいだろ、なんて気取ってみせた。
その胸には大きくプリントされた、バンザイをしているウサギのキャラクター、その下にはゴシック体で書かれた『ころす』という恐ろしい日本語。
でも、きっとそのパーカーの『ころす』の文字を見て不快になる人はいないだろうと思ってしまうほど、そのウサギはかわいく愛らしい。
そんな思いを巡らせながらパーカーのプリントを見ていると、白井くんは見込みがある、なんてわけのわからないことを言って、そのパーカーのメーカーの話しを自慢げに始めた。
別に興味はないけど、あまりにうれしそうな顔で話す白井くんを見て、そんな顔で話してくれるなら、どうでもいいうんちく話しにも耳を傾けられるなと思ってしまった。
そう思ってしまう単純な自分が嫌いで、だけど幸せ。
そんな矛盾した気持ちを抱きながら進む水族館への道のりは、思ったよりも早く時間が過ぎて、気付くと水族館近くの駅だった。
まだ目的地に行く最中なのに、こんなに楽しいなんて。この間のUFO探しが嘘みたいだよ。いや、あの日も確か行きは楽しかったはず。でもその後から最悪だったんだ。なんてマイナスな心を持っちゃダメだと言い聞かせて、私は目の前の海洋館を指差して、無邪気な声を上げるフリをした。
「見て見て白井くん! あれが海洋館だよ」
「知ってるよ。てか府内であれを見て、どこ? なんて訊ねる奴がいたらビックリだ」
「だよね……。ていうか本当、思ったより大きい。私、行ったの小学生ぶりで、小さい子供の頃だから海洋館が大きいと思った、なんて思ってたけど」
ガラス張りの三角形が並んだような形をした建物は、とてもじゃないけど水族館なんて思えない。でも、それが正真正銘水族館だと納得させるのに十分な大きさがその建物にはあった。
「それにはちょっと同意だな。うん、この大きさならジンベイザメを飼ってると頷ける」
そう言って白井くんはジーンズのポケットから財布を手に取り、海洋館の割引券を取り出した。
「こんな寒いとこでボーッと海洋館の外観何て見てないで、暖かい温風に包まれた中身を見なきゃな。閉じ込められた魚達に失礼だ」
「じゃあ、早く行かないとね。お先だよ!」
私は、言うと同時に白井くんが持っていた海洋館の割引券をひったくり、入り口まで駆け出した。白井くんも今日はノリが良くって、それは俺が店長にもらったんだ、何て言って追いかけて来てくれる。
それだけで今日は一日幸せに過ごせそうな気がした。
クリスマスイブのおかげで、自己嫌悪に陥った私を、いとも簡単に救ってくれた彼に、どんな形でも精一杯の恩返しをしなくてはいけない、と決意を込めて、入り口の自動ドアに右足を踏み入れた。
不幸は幸せの前準備。なんて都合のいいことを頭に浮かべながら、これからの楽しいことを想像してしまった。
「い、いや、あ、のそのな」
いきなり白井くんが大声出すから驚いたよ。一体どうしたんだろ? すっごい挙動不審だし、手で何か複雑な信号を送るみたいにシュパシュパって動かしてるし。
本当にどうしたんだろ?
……もしかして中学校の頃好きだった人が車内にいたのかも。で、その人は白井君の気持ちに気付いていて、気まずいから逃げようとしたところを白井くんに呼び止められたとか。
そうとなっては座ってる場合じゃない。
私は一方通行な信号を送り続ける白井くんを無視して、その女子の姿を探すため立ち上がり、車内をくまなく見つめた。
けれどいるのは少し遅めの出勤をするサラリーマンや、花月にお笑いでも見に行きそうな陽気なおばあちゃんたちや、主婦っぽい人たちだけだ。私のような高校生くらいの年代の人はどこにもいない。ってことは私の推理は的外れってことだよね。なら他の可能性は何だろう?
もう一度考え直すため、席に座り直し、まだ軽くパニック状態の白井くんを見つめ、これ以上そんな姿を見てしまうと恋が冷めてしまうかもしれないという、恋の危険信号を察知して、すぐに白井くんから目を離し、応急処置として、窓から景色を眺めた。
代わり映えのない人工的な灰色と、たまに映る小さな緑、そして雪。
……雪?
「傘は?」
思わず声を上げてしまった。
白井くんもその声を聞いて、恋が冷める信号を送ることをストップした。
そうだ、家を出る前に、雪が降ってることに気付いて傘をさして駅まで着たんだよ。
じゃあ、その傘はどこ行ったの? あのコンビニ製のビニール傘は。
……もしかして。
「白井くん、待てってもしかして駅員さんに言ったの? 私が傘忘れたことに気付いたから」
「……そ、そうだよ。本当にお前はおっちょこちょいだな」
そうか、やっぱりそうなんだ。白井くんは私が傘を、駅のホームに忘れたことに気付いて出発したての電車を止めようと思ったんだね。でもそんなことしても止まるわけないよ。それに本当に止めちゃったら大問題だよ、日本の鉄道は過密ダイヤだから。
それにしても初めからミスっちゃったよ。
きっと白井くんと正真正銘のデートだから舞い上がってたのかも。だから傘を持たないで電車に乗っちゃったんだよ。
白井くんに迷惑かけたかも。
でも今は落ち込むよりも白井くんの無謀な優しさがうれしい。
私は感謝の気持ちを伝えるため、白井くんの目を見つめた。少し照れてしまう。
「ありがとう白井っ、ふふっ」
白井くんと最後まで言えずに、私は吹き出してしまった。それは白井くんの顔が面白いなんて失礼極まりない理由じゃなくて、着てるパーカーがユーモアでブラックだからだ。
「白井くん何そのパーカー? 面白いね」
白井くんは少し胸を張りながら、いいだろ、なんて気取ってみせた。
その胸には大きくプリントされた、バンザイをしているウサギのキャラクター、その下にはゴシック体で書かれた『ころす』という恐ろしい日本語。
でも、きっとそのパーカーの『ころす』の文字を見て不快になる人はいないだろうと思ってしまうほど、そのウサギはかわいく愛らしい。
そんな思いを巡らせながらパーカーのプリントを見ていると、白井くんは見込みがある、なんてわけのわからないことを言って、そのパーカーのメーカーの話しを自慢げに始めた。
別に興味はないけど、あまりにうれしそうな顔で話す白井くんを見て、そんな顔で話してくれるなら、どうでもいいうんちく話しにも耳を傾けられるなと思ってしまった。
そう思ってしまう単純な自分が嫌いで、だけど幸せ。
そんな矛盾した気持ちを抱きながら進む水族館への道のりは、思ったよりも早く時間が過ぎて、気付くと水族館近くの駅だった。
まだ目的地に行く最中なのに、こんなに楽しいなんて。この間のUFO探しが嘘みたいだよ。いや、あの日も確か行きは楽しかったはず。でもその後から最悪だったんだ。なんてマイナスな心を持っちゃダメだと言い聞かせて、私は目の前の海洋館を指差して、無邪気な声を上げるフリをした。
「見て見て白井くん! あれが海洋館だよ」
「知ってるよ。てか府内であれを見て、どこ? なんて訊ねる奴がいたらビックリだ」
「だよね……。ていうか本当、思ったより大きい。私、行ったの小学生ぶりで、小さい子供の頃だから海洋館が大きいと思った、なんて思ってたけど」
ガラス張りの三角形が並んだような形をした建物は、とてもじゃないけど水族館なんて思えない。でも、それが正真正銘水族館だと納得させるのに十分な大きさがその建物にはあった。
「それにはちょっと同意だな。うん、この大きさならジンベイザメを飼ってると頷ける」
そう言って白井くんはジーンズのポケットから財布を手に取り、海洋館の割引券を取り出した。
「こんな寒いとこでボーッと海洋館の外観何て見てないで、暖かい温風に包まれた中身を見なきゃな。閉じ込められた魚達に失礼だ」
「じゃあ、早く行かないとね。お先だよ!」
私は、言うと同時に白井くんが持っていた海洋館の割引券をひったくり、入り口まで駆け出した。白井くんも今日はノリが良くって、それは俺が店長にもらったんだ、何て言って追いかけて来てくれる。
それだけで今日は一日幸せに過ごせそうな気がした。
クリスマスイブのおかげで、自己嫌悪に陥った私を、いとも簡単に救ってくれた彼に、どんな形でも精一杯の恩返しをしなくてはいけない、と決意を込めて、入り口の自動ドアに右足を踏み入れた。
不幸は幸せの前準備。なんて都合のいいことを頭に浮かべながら、これからの楽しいことを想像してしまった。