空が暗い間 第二話



 俺は嘘をついている。
 けれど、それはあまりにも滑稽で笑えないものなので冗談ともいえない。しかし非現実的過ぎて嘘とも呼べないだろう。
 俺は異星人だ。
 道化もいいところ。もしその言葉を鵜呑みにする奴がいたら脳内にビッグバンを起こして赤子の脳内から始めた方が良いだろうな。自分で考えといて、自分で言っておいて鼻で笑ってしまうよ。きっとクラスの奴らも腹の底では笑っているのだろう。中には変人扱いで蔑んだ眼で見ている奴もいる。まあ、俺でもそうするよ。
 自分から日常を破綻させる言葉を吐く奴なんてろくな者じゃない。
 でもたまに後悔することもある。もし俺が異星人だ、何て言わずに高校生活を続けていれば友達も一〇〇人できたかもしれないし、運動場で汗を流し、マネージャーとの愛に勤しみ青春映画の真似が出来ていたかもしれない。
 けれど今頃そんなことを言っても普通の高校生活なんて出来ないだろうし、そんな普通なことをするつもりもない。この後悔の先はいつも普通なんて下らない。これが結論だ。 
 正解だった。異星人だなんて嘘をついて。おかげで俺はほとんど誰とも関わらずに高校に通っている。一年の一学期辺りは興味本位で話しかけてくる奴もいたが、それも流行と言うものだろう。二学期からは見事に誰も話しかけてくることはなく、異星人と言うよりは気体くらいの存在感で教室に居座ることが出来た。
 そんな俺は放課後、旧図書室で静かに誰にも触れられることなく、熱心に未確認飛行物体について調べている。今では誰も使わない教室だから少しほこりにまみれているが、人にまみれているよりはマシだ。そして異星人の俺が放課後に向かう旧図書室も、今では生徒にその名で呼ばれず『異星人の部屋』と呼ばれるようになった。
 「ちょっと恵那ちゃんはここで待っといて。白井に用があるから」
 扉の向こうで寺内の声が聞こえる。
 寺内とは唯一この学校で異星人としての俺に交流してくる奴だ。休み時間にしろ、昼食にしろ、寺内は何が面白いのか俺につきまとってくる。たまに放課後この旧図書室にも足を運ぶこともある。寺内は何もせず、ただ俺が持ってきたオカルト雑誌を読むだけだが。
 今日もそんな意味のない放課後が始まるのだろう。
 「よっ、優。今日は何かいい情報見つかったか?」
 いい情報とは未確認飛行物体のことだ。いつだったか忘れたけれど俺は寺内に旧図書室にいる理由を話した。
 「二組の松村って奴から葛城山でUFOらしき物を見たと聞いたから今日の夜向かうつもりだ。お前も来るか?」
 俺は寺内に顔を向けず、雑誌を読みながらいつものガセネタを伝えた。
 先月も松村は俺に宇宙人を見たという面白い嘘をついていた。高校生にとって夜は暇そのものなので、俺は寺内と目撃場所である港に向かったことがあった。もちろんそんな生物は見当たらず、いるのはシンナー中毒者かホームレスなど、そう言う人間ばかりだった。
 「大事な話しがある」
 いつもへらへらしている寺内が大事な話しと言うのだから、普通の人間の二倍は大事なことだろう。俺は雑誌から眼を離し、寺内を見た。
 「俺、受験するから放課後ここに毎日来れなくなる。悪いな」
 「別に俺から頼んだわけじゃなくお前が勝手に来るだけだろ? 悪くはない。どちらかというと巻き込んだ俺が悪いのかもしれない」
 正直こいつが受験のために放課後を勉強の時間にあてると言う事実に驚いたけれど、大学に進学するなら仕方のないことだろう。
 「がんばれよ。それでどこの大学に行くつもりだ?」
 「大阪大学。今から勉強してどうにかなるかわからないけどな」
 「それはでかい目標だな。お前は記憶力がいいし推測力もある。どうにかなるだろう」
 これはほんの気休めだ。寺内の学力は良いとは言えないが、一年間必死に勉強すればどうにかなるだろう。たかが日本第三位の大学に入学するくらい。
 「そう言ってくれるとありがたいよ。俺がいなくなる代わりと言っては何だけど、今日からこの子をお前の相棒とするけどいいか?」
 俺はお前を相棒にした覚えはない。まあ、寺内が紹介する奴ならそれは少し気になる。
 「別に俺は静かにしてくれれば一人でも二人でもかまわない、それ以上は嫌だけど。で、誰だ? 異星人な俺と関わりたいなんて思ってるUMAは?」
 「そうだな、今廊下にいるから呼んでくるよ。俺はこれで帰るけどあとはよろしくな」
 そう言って寺内は俺に怪しげな笑顔を向けて教室を出ると廊下にいた誰かが入れ替わりで入ってきた。
 「どうも、白井くん。こんにちは!」
 ——誰だ? 
 「あれ? 白井くんだよね、宇宙人の」
 「宇宙人ではなくて異星人だ」
 「そうだね、異星人だよね」
 ……こいつ正気か? 俺は異星人だと言ってるのに何が「そうですね」だ。ニコニコ笑って俺を見つめていないでもっと疑いのまなざしで見つめろよ。変な奴だな。
 「ごめん、顔は見た覚えがある気がするけど名前が出てこない」 
 「うっそ! 私ってそんなに存在感ないかな? 思い出してよ、わかるでしょ同じクラスでしょ」
 間髪入れずそう言って彼女が泣きそうな顔で俺を見つめた。
 同じクラスか。それなら見たことがあるのも当たり前か。でも俺はそいつの存在感どうこうより、人と関わることに興味がないからこの学校に通っている生徒の名前で知っているのは、たまにガセ情報を提供してくる松村と俺につきまとう寺内だけだ。だからそんな悲観的になるな、さっきまで笑っていたじゃないか。
 俺はくしゃくしゃな顔をした彼女をもう一度見つめ直す。
「思い出したよ。羽田だろ? 羽田恵那」
「そう! ナイスフルネーム」
 そうだ、こいつはいつも俺を監視している奴だ。よくも飽きもせず毎日俺なんかを見てられるな。やっぱり俺が異星人だとか言っているからだろうか。
 「白井くんはここで何してるの? 噂ではUFOを探してるとか宇宙人とのコンタクトを取る方法を考案中とか聞いたけど」
 「異星人だ」
 「ごめん、そうだね」
 羽田は手を合わせて本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
 別にそこまでされるほど怒っていないけどまあいいか。謝罪に度が過ぎると言うことは滅多にないことなので少し気持ちがいい。
 「噂は正しい、よく調べたな。ところで寺内から聞いたけどお前もその活動を手伝ってくれるそうじゃないか」
 羽田は一歩前に踏み出し、
 「えっ? いいの、放課後ここに来ても」とさっきよりも五カラットほど目を輝かせて俺を見つめた。
 「好きにすれば良い。騒々しくなければそれで十分だ」
 「ありがとう、これで私も一員だね」
 何の一員かは少し気になるけど、どうせ生徒同士の噂か何かでそういう物があるのだろう。
 雰囲気といい、俺に疑いの目を向けないところといい少し頭の痛い奴だけど面白い。こいつが普通か普通じゃないか少し試してみるか。
 「今日の夜。葛城山でUFOを探す。羽田も来るか?」