初場所の番付。横綱2人、大関2人、関脇2人、小結2人の計8人。東西一人ずつ。6年前の初場所もだった。
白鵬 横綱 鶴竜
貴景勝 大関 豪栄道
朝乃山 関脇 高安
阿炎 小結 大栄翔
この時も今も名前があるのは高安だけ。あと3人も現役だが番付を落とした。高安の地力の強さ。
その前は平成4初場所だった。
北勝海 横綱 旭富士
小錦 大関 霧島
琴錦 関脇 貴闘力
栃乃和歌 小結 曙
しかし横綱はもう晩年。旭富士は引退、北勝海も翌場所後に引退した。以降若貴軍団で大関三役も膨れ上がった。
江戸時代はほとんどが東西1人ずつの番付で、張出・3人目は少ない。
三役以上で初めて張出ができたのは文久3年7月。162年前。
雲龍 大関 不知火
鬼面山 関脇 鷲ヶ濱
陣幕 関脇
梶ケ濱 小結 小野川
陣幕は鬼神と呼ばれるほどの強豪で知られていたが、当時は年功序列。そのため前頭2枚目を4年7場所据え置きという今ではあり得ない編成。この時代には幕下二段目(今の十両)ながら名人と称えられていた両國との足取り、つかみあいの熱戦もあった。これは水入りなしの引き分けという異例のモノ。平幕と十両がその場所一番の熱戦を演じていた時代。すでに実力は横綱並みだったとも。
今回満を持しての関脇であったわけ。さすがの実力に特例での昇進だったのだろう。
小結の張出で25年後の明治21年夏。嵐山であった。
この嵐山まで張出は13回ある。しかし地位のない張出も多く実際のところはどうだったのか。陣幕の長い据え置きを見ても番付は参考程度だったのかもしれない。
ここ2年程の三役以上の人員を見ると
横綱1 大関3 関脇2 小結2
横綱1 大関4 関脇2 小結2
横綱1 大関3 関脇3 小結2
横綱1 大関2 関脇4 小結2
横綱1 大関2 関脇2 小結2
横綱2 大関1 関脇3 小結2
横綱2 大関1 関脇2 小結2
ほぼ毎場所違う。特に大関1はアンバランス以上に問題だった。ようやく収まったともいえるがまだ落ち着きそうにもない。
さらに三役増産時代になるのか。あるいは三役枯渇になるのか。