双葉山のうっちゃり。双葉山は大関昇進頃まで軽量。うっちゃり双葉といわれるほど土俵際でのうっちゃりが多かった。それだけ押し込まれていたということ。
うっちゃりがいくらあったかみると
昭和12年夏まで17番。またうっちゃりでの負けも4番あった。
しかし横綱となって以降は皆無といってよく、昭和17夏の安芸ノ海だけ。黒星も昭和15夏の肥州山のみ。この極端さを見ても双葉山がいかに特異だったか。
昭和12夏までの決まり手を見ると
押し出し、押し切り、寄り切り、寄り倒し、つり出し、はたきこみ、浴びせ倒し、突き放し、上手投げ、外掛け、掬い投げ、首投げ、突き倒し、踏み越し、二丁投げ、下手投げ、二枚蹴り、上手ひねり、からみなげと23種と多様。これで96勝を挙げている。
打っ棄りが17番でトップ。上手投げが14回で2番目。力はあっただけ投げも決まった。寄り倒しが3番目。寄り切りにならずもつれての形が多かったとみる。
これで半数近くとなり、まさに幕内初期には腰の強さから来るうっちゃりで持っていた。
横綱昇進以降寄り切りが目立ち始め、昭和14夏は8番が寄り切り。
横綱以降の決まり手を見ると
寄り切り 56
上手投げ 31
寄り倒し 24
吊り出し 11
掬い投げ 12
押し倒し 2
下手投げ 4
押し出し 6
押し切り 4
180勝のうち不戦2つで178勝である。 寄り切りが急増し、これまで多かったうっちゃりはたった1番。寄り切りと上手投げでほぼ半分。同じく23種だが1回限りが6手。
まさに盤石の横綱相撲を身につけたといえる。
しかしはたき込みや引き落としが全然ない。大鵬は後年ははたきも多かった。引き技がなく取組中に引くことも全然なかった。これも双葉山の真骨頂でしょう。