優勝争いはほぼ固まってきた。大栄翔主軸に残り3日だろう。翠富士は格上相手では厳しい。3敗では霧馬山若元春琴ノ若だが霧馬山に可能性ありとみる。先場所と同じく序盤不調気味ながら場所中に勘を取り戻し、後半一気にエンジンをかけるスタイルは日馬富士にも似る。まだ安馬という感じだが。
本場所ばかりもつまらないので話を移すが新大関は誰になるのか。今場所後はさすがにないだろう。しかし33勝というのは今の力士は難しい。毎場所後半は潰し合いのリーグ戦となっている。序盤不調か前半好調で注目され星を落とすのどちらか。体格面でも圧倒する力士が出ない。もっとも腰高すぎる北青鵬が出てきたが...
大関陣が不調だった昭和37秋の座談会を見ると
(当時は大関3場所連続負け越しで陥落、10勝復帰はなかったが)
天竜「要するに大関3場所制の問題ですよ」
玉の海「三役に落ち着きそうなのは大関に逃げ込んでしまってるもの」「みんな上位に顔を出しても落ちていくじゃないか」
琴ヶ濱が柏戸戦の後不戦敗なしで休場したことから大関の責任論に移り
天竜「大関横綱の対戦でそんなばかなことは本場所において絶対ない。やはり大関3場所制の祟りですよ。」
玉の海「三場所制でもいいから通算成績の勝率で決めたらいい。6割とか6割5分とかはっきり決めて、死に星を亡くすというのがいちばんいい」 「今の制度だと大関は8勝したら、9勝、10勝する必要はない。7勝なら1勝と同じことだ。おかしい」
天竜「3場所の特権を1回だけ認める。2回目は認めないということにするか。どちらかにすべきだ。」
当時は3場所負け越しで陥落だが特権はなかった。琴ヶ濱がこの権利をある意味濫用してる状況(3場所目の勝ち越しが3度ある)で厳しい論調になったようだが大関の特権自体見直すべきなのは共通する。
現在の3関脇あるいは小結~平幕上位の力士が仮に大関となっても過半は大関を維持するとみる。2場所に1度で「合格」という権利があることは精神的に楽だろう。しかし大相撲は勝率を考慮していないのが疑問であった。勝率で決定するのは良案で、単なる勝ち数のみで判断するのは関脇を実質最高位とする現代相撲にはもはやそぐわない。2横綱4大関の時代と1大関時代を同列にすることが無理である。 御嶽海正代の失敗に何を学ぶか。