衆議院選挙。自民圧勝、中道惨敗。公明アレルギーも相当あったか。足して2になると思った野田代表は甘すぎました。
相撲協会は恒例の無投票で理事は決定。これで4期連続。貴乃花の乱以降、和を乱さずとばかり調整に戻った。しこりは深い?
それはともかくメンバー。
理事長
八角(元横綱・北勝海)
新任
藤島(元大関・武双山)
追手風(元前頭・大翔山)
片男波(元関脇・玉春日)
尾上(元小結・浜ノ嶋)再任
佐渡ケ嶽(関脇・琴ノ若)
出羽海(前頭・小城ノ花)
伊勢ノ海(前頭・北勝鬨)
高田川(関脇・安芸乃島)
浅香山(大関・魁皇)
芝田山(元横綱・大乃国)、春日野(元関脇・栃乃和歌)、境川(元小結・両国)、勝ノ浦(元前頭・起利錦)が勇退。
横綱がほとんどいない現在、どちらかというと小物の親方が増えた。新任の年齢は54、59、54、55。地位で言うと武双山ぐらい。平幕が最高が3人。横綱は1人、大関は2人。
それはともかく、親方は弟子の育成。とはいえ学生相撲部屋の追手風はまだいいが、片男波と尾上。どちらも部屋が盛んといえず、特に片男波は十両幕内2人に序二段1人という、相撲部屋崩壊的なもの。追手風も体調が良くないようで大丈夫でしょうか。
尾上は過去に飲酒問題など「前科」もあり。賭博で逮捕の理事もいたが…
一門内の政治で決まっている? 何をもって理事に推しているのかというものです。
来期は八角の停年が間近で勇退見込み。理事長が誰になるかで一つ注目となる。浅香山(魁皇)や藤嶋(武双山)という声も。ともかく理事長は土俵に上がっての任務が色々。足腰がしっかりしているのがまず大事。50代半ばの世代は横綱がほぼ退場し、大関のみ残る。貴乃花が現職ならここであったのか。なかなか難しそう。
古い話。昭和49年の理事選。理事長をめぐって主流派・反主流派がもめたが、中立的な立場の高砂系の動きによって栃錦の春日野が49歳で理事長に。 この時の理事
春日野(横綱・栃錦)
出羽海(横綱・佐田ノ山)
立田川(横綱・鏡里)
時津風(大関・豊山)
高砂(横綱・朝潮)
花籠(前頭・大ノ海)
二所ノ関(大関・佐賀の花)
伊勢ヶ濱(横綱・照国)
宮城野(横綱・吉葉山)
立浪(関脇・安念山)
ほとんど横綱。花籠と二所ノ関は若乃花輪島、大鵬を育て育成では横綱格といってもいい。番付だけとはいえ重鎮ぞろい。 この時は期待を込めて雑誌でも大きく特集。
読売大相撲49年3月号。春日野に望むとしておなじみの玉ノ海梅吉、小坂秀二、三宅充らの意見が。
さらに各界アンケートとして俳優、落語、歌舞伎、記者、教授、作家、政治家などなど各界の意見が。
玉の海氏は友人であった時津風と比較してのもの。昭和以降で大きい改革は部屋別対戦の実施。英断だった。
とにかく黙っている人だったとし、
部屋別総当たり制に踏み切る前も、終始私の意見に耳を傾けるばかりで、意見らしい意見もはかない。うなずいて聞いている。
それでいてハラはすでに決まっていたようだ。
意見を聞いてから2場所後、彼は私にただ一言こういった。
「理事会に諮ってやる」
反対の意見もあったらしいが、強引に押し切って結局は満場一致。力もあったのである。
枚数削減の時もそうだった。
彼の方から話しかけてきたが、やはり口数はすくない。場所前の稽古場
「十両を3、4枚減らそうと思うが」これだけだった。
私は「幕内の枚数も2.3枚削ったら」こう答えた。彼は何とも云わない。
しかし数時間後の、力士会に臨んでこういった。
「今場所から幕内、十両を枚数を削減する」
慎重で容易に神輿を上げないが、上げたとなるとてこでも動かない芯の強さで、物事を処理したと評す。 熟慮断行。理事長はこうあるべきと提言。この芯の強さは木鶏に通じる。
大相撲は周期的に表れるブームではあるが、肝心の新弟子が少ない。ブームとなった後は潮が引いたような衰退ぶりになることも。
この先がいよいよ暗い時代である。かりに時津風ならどう対処したんでしょうか。