高校3年生になった。

何をしたいのか?!全く決まっていなかった。

娘である姉の提案で、管理栄養士はどうか?

との話があった。(経緯は忘れてしまった)


色々調べると、国公立にも学部がある事がわかり、

そこを受験してみようか?と。


遅かったけど、少しずつやる気に勉強をやる気になって来て。

カウンセラーとも上手く行っていて、少しずつ事態が好転している様に関した。


個別指導の塾に通った。

かなりの金額だったけど、やる気になって来た本人に応援したい気持ちで、何とか通わせた。

送り迎えもした。


共通テストに特化した勉強をしていたおかげか、

担任もびっくりするくらいの点数が取れた。

でも、管理栄養士の大学の判定はギリギリ。


2次は面接。

苦手なヤツだ。。。


やっぱり国公立は、落ちてしまった。

私立を受験し、合格。

医師から、病状も安定したし大丈夫では?

と言われて、ほぼ一人暮らし(寮の様な所に入る)をする事になった。

 発達障害に詳しく、著書も沢山出している先生に出会えた。

先生とは、とある機関で会い親子で面談をし、処方箋を書いて貰った。

 

先生からは、発達検査の結果、ADHD.アスペルガー、睡眠障害、双極性障害の診断をうけた。

息子は心理士さんのカウンセリングも受けることになった。

とても優秀なカウンセラーの方が、担当になって下さった。

とある有名企業のカウンセラーも経験された経歴の持ち主。

私は、息子の学校の送り迎えをしつつ仕事をしていた。

休み休みだし、赤点ばかりだったけど。

通信制高校に転校させる問題も出て来たりしたけど、何とか進学校に通えていた。

何度、高校に文科省からの発達障害の生徒の扱いの通達文を見せても、先生は見る気はなかった。

うちの高校に、発達障害の子はいない、の一点張り。

娘も同じ高校で、片頭痛で休みがちだったので、

先生からの呼び出しは何度もあった。

私は先生と戦って、疲れてのでもう学校からの呼び出しは、夫が行く事になった。



 学校に行くのも、辛くなって来たよう。部活は2年まで行っていたかな。

でも、部活も部員が減って消滅。。。

娘は、相変わらず片頭痛が酷く。浪人生活を送っていたが、予備校まで行けないことが多かった。

2人のケアに、私も疲れていた。

そんな精神状態で、駐車場で車同士の事故を起こしてしまった。

つい、あなた達の事でいっぱいいっばいなの!

と子供の前で行ってしまい、娘に泣かれ2人で抱き合って泣いた。

娘は、病院を変えた。

息子も、この先生ではダメだ!と思い、発達障害に詳しい先生を調べまくった。

近くに、本も出している先生がいる事を知り、何とか相談出来ないかと奔走した。

念願叶って、その先生の所にたどり着いた。