こんにちは、滝太です。

 

 

 

昔、友達数人とLINEでやり取りをしていた時に、
友達からこんなことを言われたことがあります。

 

「お前の文章、ポエムみたいじゃん!」

 

その時は、少しバカにされたような気がしました。
恥ずかしくもなりました。

 

自分では普通に書いているつもりなのに、
どうしてそんなふうに言われるんだろう。

 

それからしばらく、
LINEで文章を送る時に、少し気にするようになりました。

 

 

僕の性格的に、
「こいつなら何を言っても大丈夫だろう」
と思われやすいところがあるのかもしれません。

 

下に見られやすいというか、
いじられやすいというか、
何かと言いやすい存在になってしまうことがあります。

 

でも最近、その言葉を少し違う角度から見られるようになりました。

 

正直、僕はポエムがどんなものなのか、
ポエムの定義もよく分かっていません。

 

でも、ポエムっぽいと言われるということは、
もしかしたら、
言葉に感情が乗っているということなのかもしれません。

 

普通なら、
「ありがとう」
「了解」
「よろしく」
で終わるところを、

僕はその奥にある気持ちまで、
言葉にしようとしていたのかもしれません。

 

もちろん、LINEでは短くて軽い言葉の方が
伝わりやすい時もあります。

 

連絡の場では、
あまり感情を込めすぎると、
少し重たく見えることもあるのかもしれません。

 

でも、それがブログだったらどうだろう。

 

自分の気持ちや、
日々の気づきや、

言葉を届けたい場所なら、

その「ポエムっぽさ」は、
むしろ武器になるのかもしれない。

 

そんなふうに思えるようになりました。

 

 

欠点だと思っていたことも、
場所を変えたり、
見方を変えたりすると、
長所に変わることがあります。

 

欠点が見えてしまうと、
人はつい自分を否定してしまいます。

 

でも、少し開き直ってみると、
それは誰も持っていない最強の武器なのかもしれません。

 

「何を言っても大丈夫」と思われやすい自分でさえ、
そこから自分を見つめ直すきっかけをもらえた。

 

 

そう考えると、
嫌だった言葉にも、
意味があったのかもしれません。

 

変な自分がいます。
少し変わっている自分もいます。

 

でも、それで下を向く必要はない。

 

もっとブログを見てもらえるようになったら、
いつか僕の文章を「ポエムみたい」とバカにした友達に、
こう言ってやろうと思います。

 

「いい気づきをありがとう!」

 

文句を言うより、
その方が少しだけ屈辱を与えられるかもしれない。


そんなことを考えている、性格の悪い僕です。

 

今でも、あの時の言葉を完全に忘れたわけではありません。

でも、あの時のみたいにただ恥ずかしいだけの記憶ではなくなりました。

もしかしたら、見る角度や使う場所が違っただけだったのかもしれません。

そう思うようになっただけで、

少しだけあの言葉を手放せた気がします。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。