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物音が少なくなった。

今は夜のようだ。

そういえば、今寝ているベッドの左側には窓がある。

これまで居た、手術を行うような部屋ではない。いつ移動したのだろう。

窓の向こうには、高いビルが幾つも並んでいる。私が住んでいる地域とはまったく違う。

ここはどこなのだろう。


このビルを見ているせいなのか、今は夢ではなく、現実なのだと確信してきた。

夢だったらよかったのに。これまでの人生、こんなことは一度もなかった。

巨大な絶望感だ。

私は平々凡々な一般人生を退屈に送るのだと思っていた。

退屈といっても、仕事は楽しかった。

毎日を無駄にしたくなくて、暇さえあれば予定を作っていた。

それなのに、こんな状況に陥るとは、まったく想像もしていなかった。

今の自分では何も出来ない。

さらに、この後どうなるのか、サッパリ分からない。

多大な恐怖と切迫感が、延々と続く。

これからの私は、いったいどうなるのだ。

 


気になるのは仕事のことだ。

同僚や他社にどんどん置いて行かれる。

私は少し、出世が遅かった。会社に何も言わずに休んでいて、大丈夫なのか。

大丈夫なわけがない。


部屋の外から、ピロンピロンといった電子音や、時計らしきチャイム音が聞こえる。

今の季節はいつなのだろう。

こうなってから何日も経っている気がする。

今思い出す“さっき”は、半日先のことなのか、それとも一週間前のことなのか、さっぱり分からない。

そもそも、なんでこんなことになっているのかも分からない。

世界から切り離されているようだ。


身体は何故か、全然まともに動かない。

俯せどころか、横さえ向けない。

鼻や腕には、何のためなのかいくつものチューブが刺さっている。


私の足の指には、何かの装置が取り付けられていて、そこからコードが出ているようだ。

挟むだけの簡単な装置なので、少し身体を動かすとすぐに外れてしまう。

取れてしまうと、もう一度自分で取付けることはできない。

外れそうなときは、ちょっとしたストレスだし、外れてしまうとなんだか自分が落ちこぼれのような気持ちになる。

 


今私が着ている服は、自分の服ではないようだ。

こんな浴衣なんて、自宅にはない。


この浴衣の特性なのか、寝た状態で数時間経つと首が閉まってくる。

それに、背中が浴衣や布団にくっついているように感じる。

それなのに、しばしばはだけてしまう。

こんな現象、これまでの人生で記憶にない。

地球ではない星に来たようだ。

ある日、看護師は「あらー、寝相悪いわね」と言って笑った。

私だって、こんな風になりたいわけじゃないんだよ。




私は割りと自分の性格が好きだ。

ユニークな個性があると思っているし、それを貫きたいと思っている。


小学生低学年の頃は引きこもってばかりだったが、ある年、私の転機が訪れた。

二学期の終業式の日、全校集会で校長先生が、寒さにも関わらず半袖半ズボンで通学している生徒を立たせて、表彰していた。

これなら、私でもできるかもしれない。

私も一度でいいから、その場に立ちたい。

必死で何とか半袖半ズボンを貫き通した。

みんなの前に立ったとき、ちょっと興奮した。

 


そんな思考が、私の個性なのだろう。

高学年になると、他人が興味を持たないことに熱心になった。

例えば鉄棒の蝙蝠振り降り(ブラ降り)や、漫才の真似事など。

それは単に、面白い奴だと思われたかったから。

奇想天外で、可笑しな人間だと思ってもらいたかった。

 

 

小学六年生の時、国旗掲揚台の柵を跳び箱のように飛ぼうとして、結局飛べずに転落し、腕を骨折してしまったことがある。

初めての骨折。

でも、私はそれを面白くしようと思って、ワープロにその自伝を書き、教室の後方に貼り出した。

それを見つけた担当の先生は苦い顔をしていた。

私は、やり切ったと思って大満足だった。

 


社会人になって、そろそろ一〇年になる。

一昨年、初めてプロジェクトリーダーになった。

そのプロジェクトが、あと一年で終わる。

きっと成功に終わるだろう。


私生活でも、結婚して、子供が生まれた。

新車のミニバンを買って、いろんな場所に出掛けた。

 

 

最近、その車で大きな公園に息子二人を連れて遊びに行った。

楽しそうに遊んでいる息子たちを眺めていると、私はこう思った。


「息子たちが生まれて、本当に良かった。

 仕事も、本当に楽しい。

 自分でプロジェクトを率いるって、こんなにやりがいがあるんだな。

 まだ色々と課題が残ってるけど、みんなと一緒ならなんとかなりそうだ。

 こんなことを私がやれるとは、思ってもなかった。

 本当に幸せだ。

 でも、これが限界なのかもしれない。

 まぁ、これ以上を目指しているわけじゃない。

 後は平々凡々とゆっくり生きたいな。

 もう満足してるから、事故にでも遭って、あっさり死ぬのもいいなぁ。

 あとほんの少しだけ生きたら、もう何の未練もないな」


そう思っていた。

それなのに、こんな身体になっておきながら、まだ生きている。

 

プロジェクトは終わっていない。

まだ問題だらけだ。

その問題に対応しているのが、私だ。

 

ここで働けなくなったら、みんな困るのではないだろうか。

いや、むしろ困ってほしい。

困らなかったら、私の存在価値がまるでないことになる。

あんなに頑張ったのだ。

 

いろんな社員と、何度も打ち合わせをしていた。

いろんな会社に、何度もプロジェクトの説明や検討を行っていた。

私は、それに充実感を得ていたのだ。

 

それなのに、突然リングの外に追いやられた。

というより、リングを見ることも出来ない。

もう嫌だ。何も考えたくない。

死にたい。
 

元々、私は死んでもいいと思っていた。

そう思っていたから、こうして罰が当たったのか。



今は、何故入院しているのかも、いつから入院していたのかも分からない。
 

私はもう、あと三年も生きられないのだろう。

そう思ったきっかけは、私の頭蓋骨だ。

ちょっと前から、私の頭に何故か布が被せられていることを、漠然と認識していた。

先日ふと頭が痒くて触ってみると、そこが妙に柔らかい。

つまり、頭蓋骨の一部が無くなっていることに気付いた。

 

驚いた。

これが今の私か。

私の身体は、一体どうなっているんだ。

その理由や経緯は、誰も説明してくれない。
 

夜中、エアコンが効いていないのか、左足が寒い。

問題は、それに比べて右足が何故かほとんど寒くないことだ。

手足がまともに動かないので、かなりの時間を費やし布団を掛け直している。
そのときに毎回思い出す。

右足や右手が自分の身体のように感じない。

千切れて無くなっているわけではない。

実際動かしているのだから、そこにあることは分かっている。

だが、自分の意思で動いているように感じない。

例えば、正座をしていた後に痺れているような感じ。

その痺れは、正座のときより弱いのだが、いつまで経っても治らない。
 

おそらく、この私の身体は、何者かがコピーとして造られた偽物なのではないだろうか。

こんな頭脳や身体の人間が、“私”なわけがない。

証拠がある。私は大便も小便もしていない。

それが人間であるはずがない。

今の私は、人造人間なのだ。


それにしては、なかなか人造人間を造る技術が凄いな。

私は大学で知能情報工学を学んだ。

所属した研究室では、自然言語処理という、人間の話す日常的な言葉を解析・処理する研究に励んだ。

 

 

今の私は、その人工知能なのではないだろうか。


だが、こんなポンコツが成功なわけがない。

失敗作だろう。

偽物で失敗作の江越良太。


だとすると、本物の江越良太は、この私が覚えている世界で暮らしているのか。

妻も両親も何も説明しなかったが、今は私に会いに来なくなった。

それは、本物の江越良太との生活に戻ったということなのだろう。

つまり、偽物の私はここで命を終える。

いや、命なんてないのか。


でも、ふと自分の左腕を見ると、小学生の時に怪我をしてできた傷跡が、そのまま存在している。

これは、本物の私の腕ではないだろうか。

いやいや、そんな馬鹿な。

ちゃんと見れば、偽物だとわかるはずだ。

ああ、ロボットじゃなくて、人工細胞で造られた身体なのかもしれない。

きっとそうだ。


きっと、莫大な資金で私を造ったのだろう。

誰かと勘違いして私を選んだのではないだろうか。

仮にここを脱出したところで、何も解決しないだろう。

この身体では到底歩けないし、私は偽物じゃないか。


私がこれ以上生き続けたって、その価値は全くない。

自分が誰にも必要ないことを、まざまざ見せつけられているようだ。

考えれば考えるほど、憂鬱になる。

考えるのが悪いのか。

もう考えないようにしよう。

 

 

  現在からの振り返り

良太です。

今回の話、第二話・第三話とおんなじだと思う人も多いと思いますが、当本人はかなり違ってました。

 

それは、現実だと気付いたってことです。

これはかなりショックでした。

おっきな病気やけがになることなんでないと思ってました。

それなのに、突然こんな状態になって、しかも自分でほとんど動けないんですからね。

 

でもまぁ、現実であっても脳がやられてますからね。

妄想でしかないため、自分が自分ではなくて、人造人間や人工細胞だと錯覚したという状態です。

小学生になる前ならそんな妄想もありましたけど、成人がマジでそう思うんですからね。

マジでありえないですよね。

でも、これは本気で感じてました。

 

この動画を見てくれている皆さんも、本気で自分がそうなったらどう思うのか、考えてみたらいいと思います。

私は祖父母がアルツハイマーや認知症になりましたが、私は自分とは関係ないと思っていた気がします。

それに気付けたことって、超ラッキーだなと思ってます。

 

それから、譫妄状態がある間は、自分の思考に一貫性がありません。

自分が人造人間だと思ったって、その一時間後には人間に戻っていたりします。

自分が病院に入院しているってことも、時間によっては死神博士に拉致されていると思ったり、普通の病院にいるって思ったり、すぐ変わります。

自分で間違えていたことにも気付きません。

脳のキャパシティが小さいんですね。

 

指にくっついていたのは『パルスオキシメータ』という動脈とかを測定する装置だそうです。

 

右半身に違和感があったのは、感覚麻痺ですね。触ったり触られたりしていることが分かりづらい状態です。

初めはかなり気持ち悪く思ってました。

今でもその記憶が鮮明に残ってます。

 

まぁ突然こんな状態になってたら、当然人造人間だと思ってもおかしくないですよね。